奈利
隔生則忘(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485335998.html?1642968617)でも触れた、
隔生則忘とは申しながら、また一年五百生(しょう)、懸念無量劫の業なれば、奈利(ないり)八万の底までも、同じ思ひの炎にや沈みぬらんとあわれなり(太平記)、
に、
奈利(ないり)、
とあるのは、日葡辞書(1603~04)辞書にも、
ナイリノソコニシヅム、
とある、
泥犂(ないり)、
とも当て、
なつり、
とも訓ませる(大言海)、
地獄、
の意で、その広さが、
八万由旬、
という(兵藤裕己校注『太平記』)。「由旬(ゆじゅん)」とは、
諸声聞衆、身光一尋、菩薩光明、照百由旬(「往生要集(984~85)」)、
とあるように、
サンスクリット名ヨージャナ(yojana)の音訳、
で、
踰繕那(ゆぜんな)、
ともいい、古代インドにおける長さの単位、
約七マイル(約11.2キロメートル)あるいは九マイル、
という。
「くびきにつける」の意で、牛に車をつけて1日引かせる行程のこと(岩波仏教辞典)、
牛車の1日の行程(デジタル大辞泉)、
とも、
帝王の軍隊が一日に進む行程(精選版日本国語大辞典)、
ともある。
「泥犂」は、
泥梨、
とも当て、
サンスクリットのナラカnarakaまたはニラヤniraya、
の音訳、
地下にある牢獄、
を意味し、「金輪際」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/482019842.html)で触れた、
贍部洲(せんぶしゆう 衆生の住む大陸)、
の地下に種々の地獄がある、
となっている。「贍部洲」は、
閻浮提(えんぶだい)、
ともいい、
衆生が住む閻浮提の下、4万由旬を過ぎて、最下層に無間地獄(むけんじごく)があり、その縦・広さ・深さは各2万由旬ある。そこへの落下に二千年も要し、四方八方火炎に包まれた、一番苦痛の激しい地獄である。(中略)その上の1万9千由旬の中に、大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等活の7つの地獄が重層しているという。これを総称して八大(八熱)地獄という、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%8D%84_%28%E4%BB%8F%E6%95%99%29)。
また、観念的には、
仏教における世界観の1つで最下層に位置する世界、
であり、
欲界(上は六欲天から中は人界の四大州、下は八大地獄に至る)・六道(天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)、また十界(六道+声聞・縁覚・菩薩・仏)の最下層、
となる(仝上)。
「ナラカnaraka」は、
奈落迦、那落迦、捺落迦、那羅柯、
などとも音写され、奈落迦が転訛したのが、
奈落(ならく 那落)、
である(仝上)。「ニラヤniraya」が音訳されたのが、
泥犂、
泥黎耶、
になる(仝上)。音写語の文字の、
落・泥・夜・黎・犂からも知られるように、地下の世界、冥界、不可楽な闇の世界、無幸処、
という意味を持たされている(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%9C%B0%E7%8D%84)。釈尊はそれを、
無記、
として直接説かなかったようだが、当時流布していた地獄思想が方便として利用され、
釈尊の死後、仏教の中にインド古来の業思想や輪廻思想が入り、地獄思想が導入されることにより独自の他界観、死後の様相が発達していった
という(仝上)。その特徴は、
地獄は有限の世界、
としたことで、
一番短い場所で一兆六千二百億年、
という。そこには、
必ずそこに救いがあり最終的には地獄を脱し成仏できるとする、
とする考え方があるようである(仝上)。七世紀の玄應音義(一切経音義)には、
泥犂、或言泥梨耶、又言泥梨架、此云無可楽、
「泥」(漢音デイ、呉音ナイ)は、
会意兼形声。尼(ニ)は、人と人とがからだを寄せてくっついたさまを示す会意文字。泥は「水+音符尼」で、ねちねちとくっつくどろ、
とある(漢字源)。音符尼(ヂ)→(デイ)と変化した(角川新字源)ようである。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+尼)。「流れる水」の象形と「人の象形と人の象形」(「人と人とが近づき親しむ」の意味)から、「ねばりつくどろ」を意味する「泥」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1992.html)。
「犂(犁)」(漢音レイ・リ、呉音リ)の字は、「犂牛」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485135369.html)で触れたように、
会意兼形声。「牛+音符利(リ よくきれる)」。牛にひかせ、土を切り開くすき、
とあり(漢字源)、
牛に引かせて土を起こす農具、
つまり、
からすき、
の意であるが、そこから、
耕作に使うまだらうし、
をも指す。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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