不退の行学(ぎょうがく)を妨げんとしけれども、上人の定力堅固なりければ、間(ひま)を伺ふ事を得ず(太平記)、
とある、
定力、
は、
じょうりき、
と訓まし、
禅定(無念無想の境地)によって生じる能力、
と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。
禅定によって精神が安定し、悟りが得られるとともに、さまざまの神秘的な能力が得られる、
とある(広辞苑)が正確ではない。涅槃(煩悩の火が消え、智慧が完成する悟りの境地)に到達するための三七種類の実践修行を、
三十七道品(さんじゅうしちどうほん)、
あるいは、
三十七分法、
三十七菩提分法、
ともいい、
四念処、
四正道、
四如意足、
五根、
五力、
七寛支、
八正道、
をいう(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%B8%83%E9%81%93%E5%93%81に詳しい)。小乗仏教ではこれを正道とし、大乗仏教では助道としている(精選版日本国語大辞典)が、その一つ、
諸悪をしりぞける五つの力、
つまり、
五力(ごりき)、
を、
信力、
精進力、
念力、
定力、
慧力、
とし、「定力」は、この一つであり、
禅定(ぜんじょう)にそなわる悪不善を断ずるはたらきのこと、
を指す(仝上)。「禅定」は、
dhyānaを音訳した「禅那」を略した「禅」を、samādhiの訳語「定」と合成したもので、心を一つの対象に注いで、心の散乱をしずめるのが「定」、その上で、対象を正しくはっきりとらえて考えるのが「禅」、
とも(精選版日本国語大辞典)、
「禅」は、梵dhyānaの音写「禅那」の略。「定」はその訳、
とも(広辞苑・デジタル大辞泉)あり、
通常時にひとつの対象に定まっていない心をひとつの対象に完全に集中すること(禅定)、
で、
悪不善を断ずるはたらき(定力)、
をすることができるということになる。「定力」は、
禅定をそのはたらきの面からとらえたもの、
とある(精選版日本国語大辞典)のは、そういう意味のようである。
禅定に入る、
などと言う言い方をし、
思いを静め、心を明らかにして真正の理を悟るための修行法、
であり、
1つの対象に定まったときや心が対象に集中し乱されないとき、
を、
三昧(サマーディ)、
というので、
精神を集中し、三昧(さんまい)に入り、寂静の心境に達すること、
でもある(仝上)。
六波羅蜜(ろくはらみつ)の一、
三学(さんがく)の一、
とされる。「六波羅蜜」は、
サンスクリット語のパーラミター pāramitāの音写、
で、
大乗仏教の求道者が実践すべき6種の完全な徳目のこと、
を指し、
布施波羅蜜(施しという完全な徳)、
持戒波羅蜜(戒律を守るという完全な徳)、
忍辱波羅蜜(忍耐という完全な徳)、
精進波羅蜜(努力を行うという完全な徳)、
禅定波羅蜜(精神統一という完全な徳)、
般若波羅蜜(仏教の究極目的である悟りの智慧という完全な徳)、
とある(https://www.rokuhara.or.jp/rokuharamitsu/・精選版日本国語大辞典)。「三学」は、
仏道の修行者が必ず修めなくてはならない最も基本的な修行、
で、
戒学(悪を止め、善を修し、戒律を守って規律ある生活を保つこと)、
定学(心の散乱を鎮め、心を落ち着かせること)、
慧学(戒学と定学とに基づいて真理を知見し、智慧を獲得すること)、
をいう(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E4%B8%89%E5%AD%A6)。
「定」(漢音テイ、呉音ジョウ)は、
会意兼形声。「宀(やね)+音符正」で、足をまっすぐ家の中に立ててとまるさまを示す。ひと所に落ち着いて動かないこと、
とある(漢字源)が、
形声。宀と、音符正(セイ)→(テイ)(𤴓は誤り伝わった形)とから成り、物を整えて落ち着かせる、ひいて「さだめる」意を表す、
とも(角川新字源)、
会意形声。「宀」+音符「正」、「正」は「一」+「止(=足)」で目標に向け進むこと、それが、屋内にとどまるの意。「亭」「停」「鼎」「釘」と同系、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%9A)、
会意兼形声文字です(宀+正)。「屋根・家屋」の象形と「国や村の象形と立ち止まる足の象形」(敵国へまっすぐ突き進むさまから、「まっすぐ」の意味)から、家屋がまっすぐ建つ、すなわち、「さだまる」を意味する「定」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji520.html)ある。
(「定」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji520.htmlより)
「力」(漢音リョク、呉音リキ)は、象形だが、
腕の筋肉(説文解字)、
と
すきの形(白川静)、
の二説あり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8A%9B)、
象形。手の筋肉を筋ばらせてがんばるさまを画いたもの(漢字源)、
象形文字です。「力強い腕」の象形から(https://okjiten.jp/kanji192.html)、
と、「筋肉」系の説と、
象形。農具のすきの形にかたどる。すきを使うことから、転じて、ちからをこめてする、また、「ちから」の意に用いる、
とする説(角川新字源)とに分かれる。
(「力」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8A%9Bより)
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95