やがて御息所、御心地煩ひて、御中陰(ちゅういん)の日数未だ終らざる前(さき)に、はかなくならせ給ひにけり(太平記)、
に、
中陰(ちゅういん)、
とあるのは、
人の死後の行き先が決まるまでの四十九日間、
と注記(兵藤裕己校注『太平記』)がある。
死んでから次の生を受けるまでの中間期における存在、
の意で、
サンスクリット語アンタラー・ババantarā-bhavaの音訳、
中有(ちゅうう)、
とも訳し(日本大百科全書)、
四有の一、
であり、仏教では、生物の存在様式の一サイクルを四段階、
四有(しう)、
に分け、
中有(ちゅうう)、
生有(しょうう 受精の瞬間)、
本有(ほんう・ほんぬ いわゆる一生)、
死有(しう 死の瞬間)、
とし、中有は、
死有と生有の中間の存在、
の意である(仝上・広辞苑)。中有は、七日刻みに七段階に分かれ、
死後七日を一期としてまた生を受ける、
といい(精選版日本国語大辞典)、
極悪・極善の者は死後直ちに次の生を受けるが、それ以外の者は、もし七日の終わりにまだ生縁を得なければさらに七日、第二七日の終わりに生を受ける。このようにして最も長い者は第七期に至り、第七期の終わりには必ずどこかに生ずる、
という(仝上)。つまり、遅くとも、
七七日(四十九日 しじゅうくにち)、
までにはすべての生物が生有に至るとされている。だから、遺族はこの間、七日ごとに供養を行い、四十九日目には、
満中陰(まんちゅういん)、
の法事を行う。この四十九日という時間は、死体の腐敗しきる期間に関連するとみられる(日本大百科全書)、とある。
此(ここ)に死して彼(かれ)に生ずる中間に於いて受くる陰形の義。……陰は五陰(蘊)陰なり、
とある(大言海)。「五陰(ごおん 「おん」は「陰」の呉音)」は、
五蘊(ごうん)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。「蘊(うん)」(「陰(おん)」)は集まりの意味で、
サンスクリット語のスカンダskandhaの音訳、
仏教では、いっさいの存在を五つのものの集まりと解釈し、五つとは、
色蘊(しきうん 五根、五境など物質的なもののことで、人間についてみれば、身体ならびに環境にあたる)、
受蘊(じゅうん 対象に対して事物を感受する心の作用のこと)、
想蘊(そううん 対象に対して事物の像をとる作用のこと)、
行蘊(ぎょううん 対象に対する意志やその他の心の作用のこと)、
識蘊(しきうん 具体的に対象をそれぞれ区別して認識する働き)、
をいい、この五つも、やはりそれぞれ集まりからなる、とする、
色―客観的なもの、
受・想・行・識―主観的なもの、
に分類する考え方である(日本大百科全書)。仏教では、あらゆる因縁に応じて五蘊がかりに集って、すべての事物が成立している(ブリタニカ国際大百科事典)とする。「陰形」とは、その意味で、
五蘊がかりに集った、
形になるが、「色」はないので、
生を受けるまでの時期における幽体とでもいうべきもの、
ということになる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%99%B0)のだろうか。
此色身死後、未不托生前、名為中陰(大蔵法數)、
死生ニ有中、五蘊名中有(俱舎識)、
生後死前名為本有、兩身之閒所受陰形、名為中有(大乗義章)、
などとある(字源・大言海)。
「中」(チュウ)は、
指事。縦棒の中間点に○印をつけたもの。{中 /trung/}を表す字。甲骨文字や金文の「𠁩」は旗竿を象った字(一説に{幢 /droong/}を表す字)と組み合わさったもの、
とする説と、
象形。旗ざおを枠に突き通した様、
の二説がある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%AD)ようだが、
象形。もとの字は、旗ざおを枠の真ん中につきとおした姿を描いたもので、真ん中の意をあらわす。また、真ん中を突きとおす意をも含む。仲(チュウ)・衷(チュウ)の音符となる(漢字源)、
指事文字です。「軍の中央に立てる旗」の象形から(https://okjiten.jp/kanji121.html)、
は後者、
指事。もと金文の字、甲骨文字の字とを区別したが、のちに合して中の一字となる。中は、物(口)の内部を一線でつらぬき、「うち」の意を示す。金文の字は、軍の中心に立てる旗で、ひいて、中央の意を示す(角川新字源)、
とする説が「中」に至る経緯をよく説明している。要は、「金文」の字と甲骨の字とは区別していたことから生じている。
(「中」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%ADより)
(「中」 甲骨文字・陰 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%ADより)
「陰」(漢音イン、呉音オン)は、
会意兼形声。侌(イム くらい)は、「云(くも)+音符今(含 とじこもる、かくれる)」の会意兼形声文字。湿気がこもってうっとおしいこと。陰はそれを音符とし、阜を加えた字で、陽(日の当たる丘)の反対、つまり日の当たらないかげ地のこと。中にとじこめてふさぐ意を含む、
とあり(漢字源・角川新字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%B0)、
丘の日陰側が原義、
となる(仝上)。別に、
会意兼形声文字です(阝+侌)。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「ある物をすっぽり覆いふくむ事を表した文字と雲の回転するさまを表す文字」(「雲が太陽を覆い含みこむ」の意味」)から、「かげ」、「くもり」を意味する「陰」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1279.html)のも趣旨は同じである。
「有」(漢音ユウ、呉音ウ)は、
会意兼形声。又(ユウ)は、手で枠を構えたさま。有は「肉+音符又」で、わくを構えた手に肉をかかえこむさま。空間中に一定の形を画することから、事物が形をなしていることや、わくの中に抱え込むことを意味する、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。肉と、又(イウ 変わった形。すすめる)とから成り、ごちそうをすすめる意を表す。「侑」(イウ)の原字。転じて、又(イウ ある、もつ、また)の意に用いる、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(月(肉)+又)。「右手」の象形と「肉」の象形から肉を「もつ」、「ある」を意味する「有」という漢字が成り立ちました。甲骨文では「右手」だけでしたが、金文になり、「肉」がつきました、
ともあり(https://okjiten.jp/kanji545.html)、「有」に「月(肉)」が加わった由来がわかる。
(「有」 甲骨・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%89より)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95