2022年03月21日

肆(かかるがゆえ)に


天慮臣を以て爪牙(そうげ)の人と為す。肆(かかるがゆえ)に、否泰(ひたい)を卜する遑(いとま)あらず(太平記)、

にある、

肆に、

は当て字である。普通は、

斯るが故に、

と表記するのではないか。

かかるがゆえに、

は、

か(斯)あるがゆえ(故)に、

あるいは、

斯(か)くあるがゆえに、

の変化したもの(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

で、

般若波羅蜜ををこなひたまはすよりほかには、諸仏の正覚なりたまふ事なし。かるがゆへに、依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)、とのたまへり(「百座法談(1110)」)、

と、

先行の事柄の当然の結果として、後行の事柄が起こることを示す、

言い回しで、

こういうわけで、
このために、
それゆえに、

という意味になる。

斯(か)く、

自体が、類聚名義抄(11~12世紀)に、

斯、カク、

とあり、

カは此・彼、クは副詞語尾、目前の状態や、直前に述べたこと、直後に述べることを指している、

使い方で、例えば、

神代紀には、

如斯(カク)、

とあり、

海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや(万葉集)、

と、

このように、

の意でもあり(岩波古語辞典)、

いにしへよりかく伝はるうちにも(古今集序)、

と、

上の意をうけて下に移す、

形で、

かように、
それゆえに、

とか、

の意で使われる(大言海)。

古くは漢文訓読の語で、中世・近世には改まった感じの文章語として用いられた、

もののようである(精選版日本国語大辞典)。ただ、

肆に、

と当てるケースは少ない。

「肆」 漢字.gif


「肆」(シ)は、

会意。もと「長(ながい)+隶(手でもつ)」。物を手にとってながく横に広げて並べることをあらわす。後に、肆(長+聿)と誤って書く、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%86)。「肆陳」(シチン)というように、「つらねる」「横に長く並べる」意であり、「書肆」のように、「品物を横に並べてみせる店」の意で使う。どちらかというと、「放情肆志」(ホウジョウシシ)というように、「放肆」「恣肆」「驕肆」などと「ほしいまま」の意で使う方が目につく。

かかるがゆえに、

に当てたのは、

肆不殄厥愠(肆にその愠を殄(た)たず)(詩経)、

と、

ゆえに、

の意で、

語の端を更(あらた)める辞(字源)、

として使われたり、

肆中宗之享國七十有五年(書経)、

と、

ここに、

の意で、

詩の句調をととのえることば(漢字源)、

として使われるからと思われる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:20| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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