天慮臣を以て爪牙(そうげ)の人と為す。肆(かかるがゆえ)に、否泰(ひたい)を卜する遑(いとま)あらず(太平記)、
にある、
肆に、
は当て字である。普通は、
斯るが故に、
と表記するのではないか。
かかるがゆえに、
は、
か(斯)あるがゆえ(故)に、
あるいは、
斯(か)くあるがゆえに、
の変化したもの(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
で、
般若波羅蜜ををこなひたまはすよりほかには、諸仏の正覚なりたまふ事なし。かるがゆへに、依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)、とのたまへり(「百座法談(1110)」)、
と、
先行の事柄の当然の結果として、後行の事柄が起こることを示す、
言い回しで、
こういうわけで、
このために、
それゆえに、
という意味になる。
斯(か)く、
自体が、類聚名義抄(11~12世紀)に、
斯、カク、
とあり、
カは此・彼、クは副詞語尾、目前の状態や、直前に述べたこと、直後に述べることを指している、
使い方で、例えば、
神代紀には、
如斯(カク)、
とあり、
海つ道のなぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや(万葉集)、
と、
このように、
の意でもあり(岩波古語辞典)、
いにしへよりかく伝はるうちにも(古今集序)、
と、
上の意をうけて下に移す、
形で、
かように、
それゆえに、
とか、
の意で使われる(大言海)。
古くは漢文訓読の語で、中世・近世には改まった感じの文章語として用いられた、
もののようである(精選版日本国語大辞典)。ただ、
肆に、
と当てるケースは少ない。
「肆」(シ)は、
会意。もと「長(ながい)+隶(手でもつ)」。物を手にとってながく横に広げて並べることをあらわす。後に、肆(長+聿)と誤って書く、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%86)。「肆陳」(シチン)というように、「つらねる」「横に長く並べる」意であり、「書肆」のように、「品物を横に並べてみせる店」の意で使う。どちらかというと、「放情肆志」(ホウジョウシシ)というように、「放肆」「恣肆」「驕肆」などと「ほしいまま」の意で使う方が目につく。
かかるがゆえに、
に当てたのは、
肆不殄厥愠(肆にその愠を殄(た)たず)(詩経)、
と、
ゆえに、
の意で、
語の端を更(あらた)める辞(字源)、
として使われたり、
肆中宗之享國七十有五年(書経)、
と、
ここに、
の意で、
詩の句調をととのえることば(漢字源)、
として使われるからと思われる。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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