2022年03月24日

天魔波旬


川を渡り、馳せ懸かる威(いきおい)、寔(まこと)に天魔波旬(てんまはじゅん)をも欺くべし(播磨別所記)、

とある、

天魔波旬、

は、

(三浦介高継は)千葉(介貞胤)が右に立たん事を怒(いか)って、共に出仕を留めてければ、天魔の障碍、法会の違乱(いらん)とぞなりにける(太平記)、

と、

天魔、

ともいい、「魔」は、

マーラ(Māra 魔羅)の略、

「魔羅(摩羅)」は、

問、何故名魔、答曰、斷慧命故名魔、復次常行放逸、害自身、故名魔(大婆娑論)、

と、

智慧の命を奪ふ因縁となる故に、能奪命と訳す、又、能く修道の障碍をなす故に、破壊善者とも訳す、下略して、魔とのみも云ふ、

とあり(大言海)、「魔」の字は、

舊訳の経論は磨に作る、梁の武帝より魔の字に改めしと云ふ、弘決外典抄「魔字従石、梁武帝(502~49年)来、謂、魔能悩人、字宜従鬼」、

とある(仝上)。なお、梁(りょう 502~57年)は、中国の南北朝時代に江南に存在した国。蕭梁とも呼ばれる。

粱・武帝(蕭衍).jpg


「波旬」は、

梵語pāpīyas、

の音訳で、

邪悪なもの、

の意である。

佛初成道、天魔波旬、以三旬、嬈乱(にょうらん)耳(四十二章経)、

とある(大言海)。

「摩醯修羅(まけいしゅら)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485376769.htmlで触れたように、「天魔波旬」は、

第六天魔王、

といい、

欲望が支配する欲界(三界(欲界・色界(しきかい)・無色界の三種の迷いの世界)のひとつ。色欲・食欲など本能的な欲望の世界)に属する六種(四王天・忉利(とうり)天・夜摩(やま)天・兜率(とそつ)天・楽変化(らくへんげ)天・他化自在(たけじざい)天)の天のうち、第六の他化自在(たけじざい)天、

にすみ、

第六天魔王波旬(はじゅん)、
天子魔(てんしま)、
他化自在天(たけじざいてん)、

などともいい、

仏道修行を妨げる悪魔、

とされる(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%AD%94)。よく、

摩醯首羅(まけいしゅら)、

つまり、

大自在天(だいじざいてん)、

と混同される。

他化自在天.png


第六天、つまり、

他化自在天、

は、

此の天は他の所化を奪いて自ら娯楽す、故に他化自在と言う、

とあり(大智度論)、

他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とするからこの名がある。この天の男女は互いに相視るのみにて淫事を満足し得、子を欲する時はその欲念に随って膝の上に化現するという。天人の身長は三里、寿命は1万6千歳という、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%96%E5%8C%96%E8%87%AA%E5%9C%A8%E5%A4%A9。その一尽夜は人間の1600年に相当するという(仝上)。また、

他の者の教化を奪い取る天、

とされ、

他化天の上、梵身天の下、其の中間に摩羅波旬・諸天の宮殿有り、

とあり(起世経)、

第六天魔王、

は、

自在天王、

と称し(過去現在因果経)、

魔波旬六欲の頂に在りて別に宮殿有り。今因果経すなわち自在天王を指す。是の如くなれば則ち第六天に当たる、

とある(仏祖統紀)。

第六天魔王(葛飾北斎『釈迦御一代図会.jpg

(仏法を滅ぼすために釈迦と仏弟子たちのもとへ来襲する第六天魔王(葛飾北斎『釈迦御一代図会』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%AD%94より)

欲界の六種の天、つまり、

六欲天、

は、上から、

他化自在天(たけじざいてん) 欲界の最高位。六欲天の第6天、天魔波旬の住処、
化楽天(けらくてん、楽変化天=らくへんげてん) 六欲天の第5天。この天に住む者は、自己の対境(五境)を変化して娯楽の境とする、
兜率天(とそつてん、覩史多天=としたてん) 六欲天の第4天。須弥山の頂上、12由旬の処にある。菩薩がいる場所、
夜摩天(やまてん、焔摩天=えんまてん) 六欲天の第3天。時に随って快楽を受くる世界、
忉利天(とうりてん、三十三天=さんじゅうさんてん) 六欲天の第2天。須弥山の頂上、閻浮提の上、8万由旬の処にある。帝釈天のいる場所、
四大王衆天(しだいおうしゅてん) 六欲天の第1天。持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王がいる場所、

となる(http://yuusen.g1.xrea.com/index_272.html他)。

なお、「奈利」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485836000.html?1646337121で触れたことだが、「由旬」(ゆじゅん)は、

古代インドで用いた距離の単位の一つ、

で、

帝王の軍隊が一日に進む行程(精選版日本国語大辞典)、

あるいは、

「くびきにつける」の意で、牛に車をつけて1日引かせる行程のこと(岩波仏教辞典)、
牛車の1日の行程(デジタル大辞泉)、

などともあり、古代インドでは度量衡が統一されておらず、厳密に定義できないが、

約11.3kmから14.5km前後(仝上)、
あるいは、
約7マイル(約11.2キロメートル)あるいは九マイル(約14.5キロメートル)(精選版日本国語大辞典)、

とある。

「天」 漢字.gif

(「天」 https://kakijun.jp/page/0441200.htmlより)

「天」(テン)は、「天知る」http://ppnetwork.seesaa.net/article/484881068.htmlで触れたように、

指事。大の字に立った人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン 頂)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む、

とある(漢字源)。

別に、

象形。人間の頭を強調した形からhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%A9

指事文字。「人の頭部を大きく強調して示した文字」から「うえ・そら」を意味する「天」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji97.html

指事。大(人の正面の形)の頭部を強調して大きく書き、頭頂の意を表す。転じて、頭上に広がる空、自然の意に用いる(角川新字源)、

等々ともある。

「魔」 漢字.gif

(「魔」 https://kakijun.jp/page/2106200.htmlより)

「魔」(漢尾バ、呉音マ)は、

会意兼形声。麻は、摩擦してもみとる麻。こすってしびれさせる意を含む。魔は「鬼+音符麻(しびれさす)」。あるいは、梵語の音訳字か、

とあり(漢字源)、

「麻」は植物のアサで人をしびれさせる(麻痺)させる効能を持つ。しびれさせ、正気でなくさせる「鬼(=霊魂)」。唐代以降に見られる文字で、仏教の悪鬼マーラの漢音訳『魔羅』を表記するために造字されたものといわれる、

ともありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AD%94、さらに、

形声文字です(麻+鬼)。「切り立った崖の象形とあさの表皮をはぎとる象形」(「麻」の意味だが、ここでは、「梵語mara(釈尊の成道を妨げようとした魔王の名)の音訳」の意味)と「グロテスクな頭部を持つ人」の象形(「鬼」の意味)から、「人をまどわす悪い鬼」を意味する「魔」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1767.html。上記したように、梁・武帝の指示で作字したとする説がある。

「波」 漢字.gif


「波」(ハ)は、

会意兼形声。皮は「頭のついた動物のかわ+又(手)」の会意文字で、皮袋を手でななめに引き寄せて被るさま。波しは「水+音符皮」で、水面がななめにかぶさるなみ、

とある(漢字源)が、

会意兼形声文字です(氵(水)+皮)。「流れる水の象形」と「獣の皮を手ではぎとる象形」(「毛皮」の意味)から、毛皮のようになみうつ水、「なみ」を意味する「波」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji405.html

「皮」 金文・西周.png

(「皮」 金文・西周 ttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9A%AE)より)

ただ「皮」(漢音ヒ、呉音ビ)は、

象形又は会意。頭のついた獣のかわ+「又(=手)」で動物の皮を引きはがす様、または、斜めに身にまとう様、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9A%AE

会意。「頭のついた動物のかわ+又(手)」で、動物の毛皮を手で身体にかぶせるさま。斜めにかける意を含む、

とも(漢字源)あるが、

象形文字です。「獣の皮を手ではぎとる」象形から「かわ」を意味する「皮」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji525.html。「はぎとる」とも「かぶる」とも、金文(西周)からだけでは、判別しにくい。

「旬」 漢字.gif

(「旬」 https://kakijun.jp/page/0690200.htmlより)

「旬」(漢音シュン、呉音ジュン)は、

会意兼形声。「日+音符勹(手をまるくひとめぐりさせたさま)」で、甲乙丙……の十干(じつかん)を一回りする十日の日数のこと、

とあり(漢字源)、

形声文字です(勹+日)。「人が腕を伸ばして抱え込んでいる」象形(「つつむ」の意味だが、ここでは、「匀(キン)」に通じ(「匀」と同じ意味を持つようになって)、「ひとしい」の意味)と「太陽」の象形から、ひとしい太陽の運行を意味し、そこから、「十日」、「十日間」を意味する「旬」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1154.html

「旬」 甲骨文字・殷.png

(「旬」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%97%ACより)

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル:天魔波旬
posted by Toshi at 04:23| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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