匡正(きょうせい)の忠あって、阿順の従(じゅう)なし。これ良臣の節なり。もし乃ち諫むべきを見て諫めざるは、これを尸位(しい)と謂ふ(太平記)、
の
尸位(しゐ)、
とあるは、
いたずらに高位におり、職責を果たさないこと、
の意である(兵藤裕己校注『太平記』)。この『太平記』の文章は、
若乃見可諫、即而不諫、謂之尸位、
と、『古文孝経』諫諍章の、孔安国注によっている。この出典は、『書経』五子之歌篇に
太康尸位、以逸豫滅厥徳、黎民咸貮(太康位を尸(つかさど)り、逸豫を以て厥(そ)の德を滅ぼす。黎民(れいみん 人民)咸貳(ふたごころ)あり)、
とあるより出ず、
とある(大言海)。この「太康(たいこう)」は、夏朝の第三代帝。中国の編年体の歴史書『竹書紀年』によれば、
斟鄩に都し、在位年数は4年であった。政治を省みないで狩猟に明け暮れていたという。そのために羿(げい)によって反乱を起こされ、権力を失い、河南(洛水の南側)の陽夏において死亡した、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%BA%B7_(%E5%A4%8F))。「尸位」に似た言葉に、
其性寒氷よりも潔し。懐寵、尸位の喩を離れたり(「十訓抄(1252)」)、
とある(『書経』五子之歌が出典)、
懐寵(かいちょう)、
がある。
主君に懐(なづ)き、退くべき時に退かずして、位をぬすむこと、
の意で(懐(なづ)くは、懐(なつ)くとも。馴れ付くの意)、
懐寵尸位、
と並べて使う(仝上)。出典は、同じ、『古文孝経』諫諍章の、孔安国注に、
見可諫而不諫、謂之尸位、見可退而不退、謂之懐寵、懐寵尸位、國之姦人也、
とある。
「尸位」は、多く、
尸位素餐(しいとさん)、
と並べ用いる。「素餐(そさん)」は、
いたずらに食を得ている、
意(四字熟語辞典)だが、「素」は、
むなしい、
意、「餐」は、
御馳走、
の意で、
才能または功績がなく、徒に禄を食むこと、
つまり、
徒食、
である(広辞苑)。王充『論衡』量知篇に、
文吏空胸、無仁義之学、居住食禄、終無以效、所謂、尸位素餐者也、素者空也、空虚無徳餐人禄、故曰素餐、無道藝之業、不暁政治、黙坐朝廷、不能言事、與尸無異、故曰尸位、然則文吏、所謂、尸位素餐者也、
とあり、『漢書』朱雲伝にも、
今朝廷大臣、上不能匡主、下無以益民、皆尸位素餐、
とある、
才徳無きに、位に居り、功労無きに、禄を受く、
意である(大言海)。「尸位素餐(しいとさん)」は、
しいとざん、
とも訓ませる(仝上)。
尸禄素餐(しろくそさん)、
窃位素餐(せついそさん)、
伴食宰相(ばんしょくさいしょう)、
伴食大臣(ばんしょくだいじん)、
も似た言い回しだが、
徒食無為、
無芸大食、
も、また意味の外延には入る(四字熟語)。
(「尸」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%B8より)
「尸位」の意味の説明が、微妙に違って、
昔、中国で祖先を祭るとき、人が仮に神の位についたところから(デジタル大辞泉)、
昔、中国で祖先をまつるとき、その血統の者が仮に神の位についたところから(精選版日本国語大辞典)、
昔、中国で祖先をまつるとき、その血統の者が仮に神の位についたところから(日本国語大辞典)、
人が形代(かたしろ)になって神のまつられる高所にいる意(広辞苑)、
などとあるのは、「尸」の字の由来からきている。「尸」(シ)は、
象形。人間がからだを硬直させて横たわった姿を描いたもの。屍(シ)の原字。また、尻(シリ)・尾の字におけるように、ボディを示す音符に用いる。シは矢(まっすぐなや)・雉(チ まっすぐに飛ぶきじ)のように、直線状にぴんとのびた意味を含む、
とあり(漢字源)、
魂去尸長留(魂は去りて尸は長く留まる)、
と(古楽府)、「しかばね」の意味だが、
弟為尸則誰敬(弟、尸となせばすなはち誰をか敬せん)
と(孟子)、
かたしろ、
古代の祭で、神霊の宿る所と考えられた祭主、
の意味で、
孫などの子供をこれに当てて、その前に供物を供えてまつった。のち、肖像や人形でこれに代えるようになった、
とある(仝上)のが、各辞書の意味になる。のちに、
死体のみならず、精神と切り離された肉体そのものを指すようになった、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%B8)。
「位」(イ)は、
会意。立は、人が両足で地上にしっかりたつ姿。位は「立+人」で、人がある位置にしっかりたつさまを示す。もと、円座のこと。まるい座席に座り、また円陣をなして並び、所定のポストを占める意を含む。またのち広く、ポストや定位置などの意に用いられるようになった、
とある(漢字源)。別に、
(「位」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BD%8Dより)
会意文字です(人+立)。「横から見た人」の象形と「立った人」の象形から、「人がある位置に立つ」を意味する「位」という漢字が成り立ちました、
とあり(https://okjiten.jp/kanji565.html)、
金文までは象形文字でした、
とある(仝上)。
(「位」 楚系簡帛文字・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BD%8Dより)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95