「尻目」は、
しりめ、
と訓ませ、
後目、
とも当て、
同期を尻目に、彼一人出世していった、
騒ぎを尻目に、悠々と立ち去った、
などというように、
~を…に、
の形で、
~を無視して、かまわず事を行う、
目の隅に置いただけで全く無視する、
意(広辞苑)で使うことが多いが、
ただ一打ちに打ち拉がんと、尻目に敵を睨んで(太平記)、
というように、
横目、
の意(兵藤裕己校注『太平記』)で使ったり、
しりめに見おこせ給ひて(源氏物語)、
と、
顔を動かさず、ひとみだけ動かして、後方を見やること、またその目つき、
の意で、
流し目、
の意でも使う(広辞苑・岩波古語辞典)。「横目」は、
横目づかい、
という言い方をするように、
顔を前に向けたまま横を見ること、
わき目、
ながしめ、
の意であり、その意味で、目の使い方としては、
尻目、
と重なる。しかし、それをメタファに、
その後、思ひかはして、また横目することなくて住みければ(宇治拾遺物語)、
と、
他に心を移すこと、
の意で使い、「尻目」とは意味が離れる。「尻目」は、
しりめ恥ずかしげに見入れつつ(狭衣物語)、
と、
相手を蔑視したり、無視したりする場合にも用いられるが、中古においては、多く女性が打ち解けたときのしぐさとして、また、近世においては、女性の媚を含んだ流し目という意味あいで使われた、
と(精選版日本国語大辞典)、「流し目」の方へシフトしたようである。特に、
尻目に懸く(懸ける)、
という言い方は、
言(こと)にいでて、などて言ひなし給ふと思ふがにくければ、のどやかにしりめにかけて見やりたれば(夜の寝覚)、
と、
人を見下したり無視したりする態度、
さげすむさま、
の意でも使うが、
中将かくとは知らず、しりめにかけ、うちゑみたる気色(きそく)をしてぞ通られける(御伽草子「しぐれ」)
と、
秋波を送る、
意や、
過し所縁(ゆかり)とてもろこしに笑はせ、かほるが尻目に懸られ(好色一代男)、
と、
媚びた目つきをする、
色目を使う、
意で使ったりする(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
「しり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454328830.html)で触れたように、かつては、
まへ⇔しりへ
のちには、
まへ⇔うしろ
と対で使われ、「しり」は、
口(くち)と対、うしろの「しろ」と同根、
で、前(さき)・後(しり)と対でもある(岩波古語辞典)。
「しり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454328830.html)で触れたように、「尻」(コウ)は、
会意兼形声。九は、手のひどく曲がった姿で、曲りくねった末端の意を含む。尻は「尸(しり)+音符九」で、人体の末端で奥まった穴(肛門)のあるしりのこと、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(尸+九)。「死んで手足を伸ばした人」の象形と「屈曲して尽きる」象形から、人体のきわまりにある「しり」を意味する「尻」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji2065.html)。
(「尻」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%BBより)
(「尻」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%BBより)
「目」(漢音ボク、呉音モク)は、
象形。めを描いたもの、
であり(漢字源)、
のち、これを縦にして、「め」、ひいて、みる意を表す。転じて、小分けの意に用いる、
ともある(角川新字源)。
(「目」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%AEより)
(「目」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%AEより)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95