2022年04月07日

有待


秋思亭(しゅうしてい)の月(秋の寂しさを味わう四阿(あずまや)から仰ぐ月)は有待の雲に隠れ(太平記)、

の、

有待(うだい)、

は、

限りある人の身、

と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)が、

他に依存する、

の意で、仏教用語。

人間の身体は、食物、衣服などに依存する(たすけを待って保たれる)から、

という意で、

生滅無常のはかない身、

という意味になり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

有待の形空しく破れぬ(「妻鑑(1300頃か)」)、

と、

人間の肉体、
凡夫の身、

の意で使われる(岩波古語辞典)。だから、

有待の身を無墓(はかなく)あたなる物と思へり(「康頼宝物集(1179頃)」)、

と、

有待の身(うだいのしん・み)、

という言い方は、少し意味が重複するが、

生滅無常の世に生きるはかない身、
人の身、

という意味になる(精選版日本国語大辞典)。これは、

愛其死以有待也、養其身、以有為也(礼記)、

と、漢語であり、

有待之身(ゆうたいのみ)、

は、

後来事を為さんと時機を待つ身、

つまり、

いつかは事を成そうと時期を待つ身、

という意味になる(字源)。「有為」とは、

将大有為之君、必有所不召之臣(孟子)、

と、

為す所の事あり、

の意であり、更に、

莫戀漁樵與、人生各有為(李白)、

と、

職務がある、

意で使う。

「有待(ゆうたい)」は、仏教語に転用せられ、

初心有待、若得供養、所修事成(法華経)、

と、

有待の身(うだいのしん・み)、

と、

凡夫の身、

の意で使われた(字源)。この転用は、どういう筋道なのかはよくわからない。現代中国語では、動詞としては、

従属する、
他に頼って存在する、

の意であり、これが原意のようであるが、複音節動詞・動詞句・節の形で、

待たねばならない、
…する余地がある、
…する必要がある、

の形で用いられている(白水・中国語辞典)。つまりは、「待たねばならない」は、時機を待つであり、「する必要がある」が、なすべきことがある、という意と繋がっているようだ。

「有」 漢字.gif

(「有」 https://kakijun.jp/page/0693200.htmlより)

「中陰」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485912319.htmlで触れたように、「有」(漢音ユウ、呉音ウ)は、

会意兼形声。又(ユウ)は、手で枠を構えたさま。有は「肉+音符又」で、わくを構えた手に肉をかかえこむさま。空間中に一定の形を画することから、事物が形をなしていることや、わくの中に抱え込むことを意味する、

とある(漢字源)。別に、

会意形声。肉と、又(イウ 変わった形。すすめる)とから成り、ごちそうをすすめる意を表す。「侑」(イウ)の原字。転じて、又(イウ ある、もつ、また)の意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(月(肉)+又)。「右手」の象形と「肉」の象形から肉を「もつ」、「ある」を意味する「有」という漢字が成り立ちました。甲骨文では「右手」だけでしたが、金文になり、「肉」がつきました、

ともありhttps://okjiten.jp/kanji545.html、「有」に「月(肉)」が加わった由来がわかる。

「有」 甲骨文字・殷.png

(「有」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%89より)
「有」 金文・西周.png

(「有」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%89より)


「待」 漢字.gif

(「待」 https://kakijun.jp/page/0961200.htmlより)

「待」(漢音タイ、呉音ジ)は、

会意兼形声。寺は「寸(手)+音符之(足で進む)」の会意兼形声文字で、手足の動作を示す。待は「彳(おこなう)+音符寺」で、手足を動かして相手をもてなすこと、

とある(漢字源)が、「じっと止まってまつ」という意味としっくり重ならない。別に、

形声。彳と、音符寺(シ)→(タイ)とから成る。道に立ちどまって「まつ」意を表す、

とか(角川新字源)、

形声文字です(彳+寺)。「十字路の左半分」の象形(「道を行く」の意味)と「植物の芽生えの象形(「止」に通じ、「とどまる」の意味)と親指で脈を測る右手の象形」(役人が「とどまる」所の意味)から歩行をやめて「まつ」を意味する「待」という漢字が成り立ちました、

とありhttps://okjiten.jp/kanji514.html、この解釈の方がすっきり納得できる。

「待」 成り立ち.gif

(「待」 成り立ち https://okjiten.jp/kanji514.htmlより)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:32| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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