尫弱の勢かさを見て、大勢の敵などか勇まであるべき(太平記)、
に、
尫弱(おうじゃく)、
とあるのは、
弱弱しい、
という意(兵藤裕己校注『太平記』)だが、
馬允なにがしとかやいひける老者、……尩弱の体にて、物くひてゐたりけるが(「古今著聞集(1254)」)、
と、
尩弱、
とも当てる。
「尫弱」の「尫」(オウ)は、
尩の俗字、
とあり(漢字源)、
尪、
とも表記する(https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/14348.html)。原意は、
足や背中が曲がって不自由である(仝上)、
曲がれる脛(曲脛)(字源)、
などとあり、
素尩弱不能騎、宛轉山谷閒、僅達幷州(唐書・裴懷傳)、
と、
尩弱、
とか、
少尩病、形甚短小、而聡敏過人(晉書・山濤傳)、
と、
尩病(おうびょう)、
等々と使う。「尩」は、
尢、
と同じ、とある(仝上)。
「尢」(オウ)は、
象形。足が曲がった人の姿を描いたもの、
とあり(漢字源)、「まがる」「足や背が曲がった人」の意で、「尩」と同義であるが、「弱い」意はない。
(「尢」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%A2より)
「尩弱」は、上記の、
体、体力、気力などが弱いこと、
かよわいこと、
という漢語の意味の外に、和文では、
頼政、尫弱の勢にて固め給ふ(源平盛衰記)、
只近代使庁沙汰、逐日尫弱、偏如鴻毛(吾妻鏡)、
まことに尫弱(ワウジャク)の家に生れ天下一統の功を立給ひし事(「信長記(1622)」)、
などと、
微力、微禄、貧乏など、勢力、能力、財力、威力、影響力などが小さいこと、
の意や、
尫弱たる弓を敵(かたき)のとりもて、……嘲哢(てうろう)せんずるが口惜ければ(平家物語)、
と、
(弓などが)強くないこと、
の意、
月に六日十日は尩弱の事なり(極楽寺殿御消息)、
と、
とるに足りないこと、些細なこと、
の意や、
就尩弱所領、被懸抜群之課役事、難堪之至也(「新札往来(1367)」)、
抑笙筥一合蒔絵摺貝 妙怤持参、……結構之物也、則令買得、其代尫弱也、不慮感得喜悦也(看聞御記)、
などと、
土地からの税の貢納が少ないこと、
物品、金額が少ないこと、
の意や、
牛の事……在所をも不得尋候間、迷惑仕候。彼牛の事、此方よりはわうしゃく之儀なく候由申候へ共(高野山文書)、
と、
弱点、弱味があること、
の意にまで広げて使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)
「弱」(漢音ジャク、呉音ニャク)は、
会意文字。彡印は模様を示す。弱は、「弓二つ+二つの彡印」で、模様や飾りのついた柔らかい弓、
とある(漢字源)。さらに、
装飾的な弓は機能面で劣ることから、「よわい」という意味がでた、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B1)、
象形。かざりを付けた弓を二つ並べた形にかたどる。弓を美しく整えることから、しなやか、転じて「よわい」意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(弓+彡×2)。「孤を描いた状態の弓(たわむ弓)」の象形と「なよやかな毛」の象形から、「よわい、たわむ」を意味する「弱」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji206.html)。
(「弱」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%B1より)
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95