大名の下には久しく居るべからず


大名(だいめい)の下には、久しく居るべからず、功成り遂げて、身退くは、天の道なり(太平記)、

にある、

大名の下には久しく居るべからず、

は、

『史記』越王句践世家の范蠡(はんれい)の言、

范蠡以為、大名之下難以久居、

による。『明文抄』(鎌倉初期成の漢語の故事金言集)にも引かれる。

大いなる名誉のもとに長くいてはいけない、

の意である(兵藤裕己校注『太平記』)。「大名(だいめい)」は、

諸葛大名照垂宇宙、宗臣遺像肅清高(杜甫)、

と、

すぐれたる誉れ、
大いなる名誉、

の意で、

大名を揚ぐ、

などと使う(大言海)。

范蠡.jpg


名誉をきわめても、その地位に長くとどまるのは他人のねたみをうけてよくない、早く退(ひ)くのが賢明である、

の意(精選版日本国語大辞典)が正確かもしれない。

「狡兎死して」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485426752.htmlで触れた、

狡兎死して良狗烹らる、

と同じ出典であり、呉を亡ぼして有頂天になる勾践を見て、越から斉(せい)に去った范蠡(はんれい)が越に残る文種(ぶんしょう)に宛てた手紙で、

范蠡遂去、自齊遣大夫種書曰(范蠡遂去り、齊より大夫種に書を遣わして曰く)、
蜚鳥盡、良弓藏(蜚鳥(ひちょう)盡(つ)きて、良弓(リョウキュウ)藏(おさめ)られ)、
狡兔死、走狗烹(狡兎(コウト)死して、走狗(ソウク)烹(に)らる)、

と言ったのと同じ文脈である。文種に、越王の容貌は、

長頸烏喙(首が長くて口がくちばしのようにとがっている)、

と指摘し、「子よ、何故、越を去らぬ」と書いたが、文種は、病と称して出仕しなくなったが越を去れず、謀反の疑いありと讒言され、勾践は文種に剣を贈り、

「先生は私に呉を倒す7つの秘策があると教えて下さいました。私はそのうちの3つを使って呉を滅ぼしました。残り4つは先生のところにあります。私のために先生は亡くなった父王のもとでその秘策をお試し下さい」と伝え、文種は自殺した、

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%83%E8%A0%A1

老子.jpg

(伝説では、老子は周を去る際、水牛に乗っていたという https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E5%AD%90より)

功成り遂げて、身退くは、天の道なり、

は、

功遂(と)げて身退(しりぞ)くは、天の道なり、

という『老子』の一節に由来する。やはり『明文抄』も引く。

功績をあげて名誉を得たならば、身を引くのが天の道にかなった生き方である、

という意(兵藤裕己校注『太平記』)である。「天の道」は、荘子の、

天道、

あるいは、

天理、

と同義であり、

天、
道、

とも言う、

天地自然の理法、

であり、

人間界と自然界を貫く恒常不変の真理、自然の掟、必然の理法、

の意である(福永光司訳注『老子』)。ふと、

死生有命、富貴在天(論語・顔淵篇)、

を連想したが、

「天命」http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163558.html
「天」http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163401.html

で触れたように、

天には、「生き死にの定め」「天の与えた運命」の二つが並列されている。つまり、天命には、二つの意味があり、一つは、天の与えた使命、

五十にして天命を知る

の天命である。いまひとつは、天寿と言う場合のように、「死生命有」の寿命である。だから不慮や非業の死は非命という。

しかし、もうひとつ、

彼を是とし又此れを非とすれば、是非一方に偏す
姑(しばら)く是非の心を置け、心虚なれば即ち天を見る(横井小楠)

で言う「天理」のことでもある。ここでの「天道」は、後者を指していると見える。

『老子』九章には、

持而盈之、不如其已(持してこれを盈(み)たすは、その已(や)むるに如かず)。
揣而鋭之、不可長保(揣(う)ちてこれを鋭くすれば、長く保つべからず)。
金玉滿堂、莫之能守(金玉(きんぎょく)堂に満つるも、これを能く守る莫(な)し)。
富貴而驕、自遺其咎(富貴にして驕(おご)れば、自(み)ずからその咎(とが)を遺(のこ)す)。
功遂身退、天之道(功遂(と)げて身退(しりぞ)くは、天の道なり)。

とある(福永光司訳注『老子』)。「揣(た)」は、

捶(た)もしくは鍛(たん)と同義、

で、

打って鍛える、

義である(仝上)。

「功」 漢字.gif

(「功」 https://kakijun.jp/page/0522200.htmlより)

「功」(漢音コウ、呉音ク)は、

会意兼形声。工は、上下両面に穴をあけること。功は、「力+音符工」。穴をあけるのは難しい仕事で努力を要するので、その工夫をこらした仕事とできばえを功という、

とある(漢字源)が、

会意形声。力と、工(コウ つくる)とから成り、はたらき、ひいて「いさお」の意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(工+力)。「のみ(鑿)又はさしがね(工具)の象形」(「作る」の意味)と「力強い腕」の象形から「仕事・手柄」を意味する「功」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji605.html

参考文献;
福永光司訳注『老子』(朝日文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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