三月には、三日の御燈(帝が北斗七星に燈明を捧げる儀)、曲水(ごくすい)の宴、薬師寺の最勝会(さいしょうえ)、石清水の臨時の祭、東大寺の授戒(太平記)、
とある、
曲水の宴、
は、
詩歌を詠む遊宴、
と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。「曲水の宴」は、
きょくすいのうたげ(えん)、
ごくすいのうたげ(えん)、
とも訓ませ、
曲水流觴(きょくすいりゅうしょう)、
曲水豊の明かり(めぐりみずのとよのあかり)、
ともいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典・字源)。「曲水」は、
庭園または樹林・山麓を曲がり流れる水、
を意味するが、通常、
曲水の宴の略、
の意で用い、
曲宴、
流觴(りゅうしょう)、
巴字盞(はじさん)、
ともいう(広辞苑・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
庭に曲溝を作り水を引き入れ、公卿がその両側に坐って酒杯を浮かべ、酒杯が上流から流れて来て自分の前を過ぎないうちに詩歌を詠じて酒杯をとって酒を飲む宴、
であり、天平勝宝二年(750)三月三日に、
漢人(からひと)も筏(いかだ)浮かべて遊ぶてふ今日そ我が背子(せこ)花縵(はなかづら)せな(大伴家持)、
と、曲水の宴を詠ったように、
中国の上巳(じょうし)の節句を伝えて、巳(み)の日の祓へとしたが、奈良時代頃から三月三日となり、摂関時代には貴族の邸でも行われた、
とある(岩波古語辞典)。この日の祓いの具として人形を流すことも行われ、
流し雛、
の起源ともされる(https://omatsurijapan.com/blog/kyokusuinoen-yurai-rekishi/)。「上巳」は、
古く中国で、はじめ三月の初めの巳(み)の日を上巳とよび、魏晉以後は三月三日を上巳として、みそぎをして不祥を払う行事が行なわれた、
ことに端を発する(精選版 日本国語大辞典)。ただ、
水上から流れてきた盃が自身の前を流れるまでに歌を詠む、
とする説は、
曲水の宴が行われなくなった室町時代の『公事根源』などの記述が発祥となったとみられ、平安時代の曲水の宴の様子を描いた『御堂関白記』などを見てもこうした事実ではなかったと考えられている、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B2%E6%B0%B4%E3%81%AE%E5%AE%B4)。因みに、室町時代に書かれた有職故実書『公事根源』(一条兼良)には、曲水宴について、
是は昔、王卿など参りて、御前にて詩を作て、講ぜられけるにや、御溝水(ミカハミヅ)に盃を浮べて、文人以下、これを飲む由、康保の御記に載せられたり、……曲水宴は、周の世より始まりけるにや、文人ども、水の岸に並(な)み居て、水上より盃を流して、我が前を過ぎざるさきに、詩を作て、其の盃を取りて飲みけるなり、
とある(大言海)。これによる説らしい。
中国では、
曲水流觴、
として、
此地有崇山峻嶺茂脩竹、又有清流激湍、映帯左右、引以為流觴曲水(王義之・蘭亭集序)、
と、
晉の永和九年(353)三月三日、王義之、文人を会稽山陰の蘭亭にあつめ此の遊びを為す、
とある(字源)のが有名である。
曲折せる水流に盃を泛べて飲む、
とあり(字源)、
盃を水に流して宴を行う(流觴曲水=盃を曲水に流す)、
意である。
その際に詠じられた漢詩集の序文草稿が王羲之の書、
蘭亭序、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B2%E6%B0%B4%E3%81%AE%E5%AE%B4)。ここから、この宴が起因した、とする説もある(大言海)が、
武帝(司馬炎(しば えん) 西晋初代皇帝)閒三日曲水之義、皙曰、昔周公城洛邑、因流水泛酒、故逸詩云、羽觴曲水、其来已久、蘭亭之會、襲而作此、非創為也、
とある(晉書・東皙傳)。
「曲」(漢音キョク、呉音コク)は、
象形、曲がったものさし描いたもので、曲がって入り組んだ意を含む、
とあり(漢字源)、直の対、邪の類語になる。別に、
象形。木や竹などで作ったまげものの形にかたどり、「まがる」「まげる」意を表す。転じて、変化があることから、楽曲・戯曲の意に用いる、
ともある(角川新字源)。
(「曲」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B2より)
「水」(スイ)は、
象形。水の流れの姿を描いたもの、
である(漢字源)。
(「水」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%B4より)
「宴」(エン)は、
会意兼形声。晏(アン)は、「日+音符安」からなり、日が落ちること。宴は「宀(いえ)+音符晏の略体」で、家の中に落ち着きくつろぐこと。上から下に腰を落としてやすらかに落ち着く意を含む、
とあり(漢字源)、
屋内でくつろぐ、転じて、酒盛りして「たのしむ」意を表す、
とある(角川新字源)。別に、
会意兼形声文字です(宀+妟)。「屋根・家屋」の象形と「太陽」の象形と「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形から、おだやかな日に、女性が室内でやすらぐ事を意味し、そこから、「やすらか」、「くつろぐ」を意味する「宴」という漢字が成り立ちました、
との解釈もある(https://okjiten.jp/kanji1518.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95