2022年05月01日

象外


この外(ほか)、宗徒(むねと)の一族四十三人、或は象外(しょうがい)の撰に当たり、俗骨忽ち蓬莱の雲を踏み、或は乱階の賞によって、庸才たちどころに台閣の月を攀づ(太平記)、

とある、

象外の撰、

は、

高位高官に抜擢されること、

とあり(兵藤裕己校注『太平記』)、

昇殿はこれ象外の選び(予想外の抜擢)なり、俗骨(俗人)をもって蓬莱の雲を踏む(雲上人となる)べからず。尚書(太政官の弁官)はまた天下の望なり、庸才(凡人)をもって台閣の月を攀づ(弁官となる)べからず(和漢朗詠集・述懐)

と付記があり(仝上)、それに依っているようだが、同文は、

昇殿是象外之選也。俗骨不可以踏蓬莱之雲。
尚書亦天下之望也。庸才不可以攀台閤之月。

ともられ、これは、橘直幹の、

申文、

と題されているものではあるまいかhttps://ja.wikisource.org/wiki/%E5%92%8C%E6%BC%A2%E6%9C%97%E8%A9%A0%E9%9B%86。因みに、「尚書」は、

「弁官」の唐名

であり、「弁官(辨官 べんかん)は、

おおともいのつかさ、

ともいい、

律令(りつりょう)官制における太政官内の要職、

で、

左右の弁官局があり、少納言局と合せて、太政官三局という。太政官内の庶務を取扱い、下級機関からの上申文書の受理および太政官への申達(しんたつ)や、太政官符など太政官からの命令の下達(げたつ)書の発給事務を統轄した行政事務の執行機関、

であり、

左弁官は中務(なかつかさ)、式部、治部、民部の4省を、右弁官は兵部、刑部(ぎょうぶ)、大蔵、宮内の4省を分掌、長官である左右大弁は従(じゅ)四位上相当で、八省の卿(かみ)に次ぐ高官。左右ともに大弁、中弁、少弁が1人ずつあり、のちに権官1人を加えて、定員7人で七弁と称せられた。名誉ある職で、家柄、能力ともにすぐれたものが任命された。弁官の制は江戸時代末期まで存続し、明治維新にいたって弁事に改められた、

とある(広辞苑・ブリタニカ国際大百科事典・日本大百科全書)。

ただ、「象外」は、

しょうげ、

とも訓ませ(「げ」は「外」の呉音)、

至若御製令製、名高象外、韻絶環中(小野岑守「凌雲集(814)」・序)、
天狗と羽を并べて、象外(セウガイ)に遊ぶの夢に余念なかりき(北村透谷「三日幻境(1892)」)、

などと、

凡俗を離れた境界(広辞苑)、
俗世間を超越した境地(精選版日本国語大辞典)、

という意味で使われる。「象外」は漢語で、

西觸王宰畫山水樹石、出於象外(畫斷)、

などと、

心が形象の外に超然として常法に拘束せられざる義、

とある(字源)。ここでは、

象外の撰、

という言い方で、

世間の常識を大きく外れた抜擢、

と言った意味で使っている。その後に続く、

乱階の賞、

は、

順序を飛び越えた賞、

と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。それまでの常識を外れた昇進や褒賞ということである。

「乱階」は、

無拳無勇、職為乱階(小雅)、

と、

階は梯、みだれるきざはし、

の意(字源)であり、

禍梯(かてい)、
乱梯、

と同義とある(仝上)。それをメタファに、

其乱階を尋るにイワンの姉……ソヒヤなる者奸才あり(福沢諭吉「西洋事情(1866~70)」)、

などと、

秩序の乱れのもと、
騒乱の起こるきざし、
騒乱の端緒、

の意で使い、また、

今年之春叙位、乱階不次之賞不見(「本朝文粋(1060頃)」)、

と、

順序を越えて位階を進めること、

つまり、

越階(おっかい)、

の意でも使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

「象」 漢字.gif


「象」(漢音ショウ、呉音ゾウ)は、

象形。ぞうの姿を描いたもの。ぞうは最も目だった大きいかたちをしているところから、かたちという意味になった、

とある(漢字源)。「圖象」「象形」のように「かたち」の意味の外に、「現象」というように、外にあらわれたすがたの意で、周易の卦(カ)のあらわれた姿の意でも使う。

「象」 甲骨文字・殷 .png

(「象」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B1%A1より)

象形。長い鼻をもち、大きなからだをしたぞうの形にかたどる。借りて「かた」の意に用いる(角川新字源)、

象形。長い鼻のゾウを形取ったもの。また、相に通じて姿の意味も表す。大きく目立つことから、「かたち」「すがた」の意を生じたものともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B1%A1

も同趣旨である。

「外」 漢字.gif

(「外」 https://kakijun.jp/page/0549200.htmlより)

「外」(漢音ガイ、呉音ゲ、唐音ウイ)は、

会意、「夕」(肉)+「卜」(占)で、亀甲占で、カメの甲羅が体の外にあることから、

とする「龜甲」占い由来とする説と、

「卜」+音符「夕」で、占で、月の欠け残った部分を指した会意形声とも(藤堂明保)、

とする「月」占い説とがあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96

会意兼形声。月(ゲツ)は、缺(ケツ 欠ける)の意を含む。外は「卜(うらなう)+音符月」で、月の欠け方を見て占うことを示す。月が欠けて残った部分、つまり外側の部分のこと。龜卜(キボク)に用いた骨の外側だという解説もあるが従えない、

とか(漢字源)、

会意。夕(ゆうべ)と、卜(ぼく うらない)とから成る。通常は昼間に行ううらないを夜にすることから、「そと」「ほか」「よそ」、また、「はずれる」意を表す、

とか(角川新字源)は、「月」占い説、

形声文字です(夕(月)+卜)。「月の変形」(「刖(ゲツ)に通じ、「かいて取る」の意味)と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目の象形」から、占いの為に亀の甲羅の中の肉をかいて取る様子を表し、そこから、「はずす」を意味する「外」という漢字が成り立ちました、

あるhttps://okjiten.jp/kanji235.htmlのは、「龜甲」占い説になる。ただ、甲骨文字と金文(青銅器に刻まれた文字)とでは、かたちが異なり、途中で変じたのかもしれない。

「外」 甲骨・殷.png

(「外」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)

「外」 金文・西周.png

(「外」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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