この外(ほか)、宗徒(むねと)の一族四十三人、或は象外(しょうがい)の撰に当たり、俗骨忽ち蓬莱の雲を踏み、或は乱階の賞によって、庸才たちどころに台閣の月を攀づ(太平記)、
とある、
象外の撰、
は、
高位高官に抜擢されること、
とあり(兵藤裕己校注『太平記』)、
昇殿はこれ象外の選び(予想外の抜擢)なり、俗骨(俗人)をもって蓬莱の雲を踏む(雲上人となる)べからず。尚書(太政官の弁官)はまた天下の望なり、庸才(凡人)をもって台閣の月を攀づ(弁官となる)べからず(和漢朗詠集・述懐)
と付記があり(仝上)、それに依っているようだが、同文は、
昇殿是象外之選也。俗骨不可以踏蓬莱之雲。
尚書亦天下之望也。庸才不可以攀台閤之月。
ともられ、これは、橘直幹の、
申文、
と題されているものではあるまいか(https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%92%8C%E6%BC%A2%E6%9C%97%E8%A9%A0%E9%9B%86)。因みに、「尚書」は、
「弁官」の唐名
であり、「弁官(辨官 べんかん)は、
おおともいのつかさ、
ともいい、
律令(りつりょう)官制における太政官内の要職、
で、
左右の弁官局があり、少納言局と合せて、太政官三局という。太政官内の庶務を取扱い、下級機関からの上申文書の受理および太政官への申達(しんたつ)や、太政官符など太政官からの命令の下達(げたつ)書の発給事務を統轄した行政事務の執行機関、
であり、
左弁官は中務(なかつかさ)、式部、治部、民部の4省を、右弁官は兵部、刑部(ぎょうぶ)、大蔵、宮内の4省を分掌、長官である左右大弁は従(じゅ)四位上相当で、八省の卿(かみ)に次ぐ高官。左右ともに大弁、中弁、少弁が1人ずつあり、のちに権官1人を加えて、定員7人で七弁と称せられた。名誉ある職で、家柄、能力ともにすぐれたものが任命された。弁官の制は江戸時代末期まで存続し、明治維新にいたって弁事に改められた、
とある(広辞苑・ブリタニカ国際大百科事典・日本大百科全書)。
ただ、「象外」は、
しょうげ、
とも訓ませ(「げ」は「外」の呉音)、
至若御製令製、名高象外、韻絶環中(小野岑守「凌雲集(814)」・序)、
天狗と羽を并べて、象外(セウガイ)に遊ぶの夢に余念なかりき(北村透谷「三日幻境(1892)」)、
などと、
凡俗を離れた境界(広辞苑)、
俗世間を超越した境地(精選版日本国語大辞典)、
という意味で使われる。「象外」は漢語で、
西觸王宰畫山水樹石、出於象外(畫斷)、
などと、
心が形象の外に超然として常法に拘束せられざる義、
とある(字源)。ここでは、
象外の撰、
という言い方で、
世間の常識を大きく外れた抜擢、
と言った意味で使っている。その後に続く、
乱階の賞、
は、
順序を飛び越えた賞、
と注記がある(兵藤裕己校注『太平記』)。それまでの常識を外れた昇進や褒賞ということである。
「乱階」は、
無拳無勇、職為乱階(小雅)、
と、
階は梯、みだれるきざはし、
の意(字源)であり、
禍梯(かてい)、
乱梯、
と同義とある(仝上)。それをメタファに、
其乱階を尋るにイワンの姉……ソヒヤなる者奸才あり(福沢諭吉「西洋事情(1866~70)」)、
などと、
秩序の乱れのもと、
騒乱の起こるきざし、
騒乱の端緒、
の意で使い、また、
今年之春叙位、乱階不次之賞不見(「本朝文粋(1060頃)」)、
と、
順序を越えて位階を進めること、
つまり、
越階(おっかい)、
の意でも使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
「象」(漢音ショウ、呉音ゾウ)は、
象形。ぞうの姿を描いたもの。ぞうは最も目だった大きいかたちをしているところから、かたちという意味になった、
とある(漢字源)。「圖象」「象形」のように「かたち」の意味の外に、「現象」というように、外にあらわれたすがたの意で、周易の卦(カ)のあらわれた姿の意でも使う。
(「象」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B1%A1より)
象形。長い鼻をもち、大きなからだをしたぞうの形にかたどる。借りて「かた」の意に用いる(角川新字源)、
象形。長い鼻のゾウを形取ったもの。また、相に通じて姿の意味も表す。大きく目立つことから、「かたち」「すがた」の意を生じたものとも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B1%A1)、
も同趣旨である。
「外」(漢音ガイ、呉音ゲ、唐音ウイ)は、
会意、「夕」(肉)+「卜」(占)で、亀甲占で、カメの甲羅が体の外にあることから、
とする「龜甲」占い由来とする説と、
「卜」+音符「夕」で、占で、月の欠け残った部分を指した会意形声とも(藤堂明保)、
とする「月」占い説とがある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96)。
会意兼形声。月(ゲツ)は、缺(ケツ 欠ける)の意を含む。外は「卜(うらなう)+音符月」で、月の欠け方を見て占うことを示す。月が欠けて残った部分、つまり外側の部分のこと。龜卜(キボク)に用いた骨の外側だという解説もあるが従えない、
とか(漢字源)、
会意。夕(ゆうべ)と、卜(ぼく うらない)とから成る。通常は昼間に行ううらないを夜にすることから、「そと」「ほか」「よそ」、また、「はずれる」意を表す、
とか(角川新字源)は、「月」占い説、
形声文字です(夕(月)+卜)。「月の変形」(「刖(ゲツ)に通じ、「かいて取る」の意味)と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目の象形」から、占いの為に亀の甲羅の中の肉をかいて取る様子を表し、そこから、「はずす」を意味する「外」という漢字が成り立ちました、
ある(https://okjiten.jp/kanji235.html)のは、「龜甲」占い説になる。ただ、甲骨文字と金文(青銅器に刻まれた文字)とでは、かたちが異なり、途中で変じたのかもしれない。
(「外」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)
(「外」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95