2022年05月13日

天狗のつぶて


爰元(ここもと)にても礫(つぶて)打ちし事、度度あり。いかなる術を得しものに候哉(百物語評判)、

にある、

礫打ち、

は、

俗にいう「天狗つぶて」。家の戸板、壁などにどこからともなく、つづけざまに投石があること、

とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「天狗つぶて」は、

其の町のさる家へ夜ごとに礫(つぶて)打つ。数も多からず、七つ八つ、或は十、十四、五も打ち打ちて、音無きもあり、また玉霰の枯れ野の篠を走るが如く、其の音ころころするもあり。(中略)天狗つぶて打つ家は、必ず焼亡(じょうもう)の難あり(宿直草)、

と、

天狗礫(てんぐつぶて)、

とも書き、

天狗の投げるというつぶて。どこからとも知れずとんでくるつぶて、

とされ(広辞苑)、

木の葉打つ霰は天狗つぶてかな(犬子集)

ともある。

天狗の礫と称して人のおらぬ方面からぱらぱらと大小の石の飛んできて、夜は山小屋の屋根や壁を打つことがあった。こんな場合には山人が我々の来住を好まぬものと解して、(山の民は)早速に引きあげてくるものが多かった、

とある(柳田國男「山の人生」)ように、「天狗」http://ppnetwork.seesaa.net/article/487940696.html?1652293645で触れたことだが、「天狗」は、各地で、

狗賓(ぐひん)、
山人(やまびと)、
大人(おおひと)、
山の神、
山鬼(さんき)、

とも呼ばれ(仝上・日本昔話事典)、

天狗をグヒンというに至った原因もまだ不明だが、地方によってはこれを山の神といい、または大人、山人ともいって、山男と同一視するところもある、

とし(柳田國男『山の人生』)、その性格、行状ともに、

山の神、

と密接に繋がっている(日本昔話事典)のがよくわかる。「天狗のつぶて」は、

通例は中(あた)っても人を傷つけることがない、

という(柳田國男「山人考」)。この現象は、一般には、

ファフロツキーズ現象(Fafrotskies、Falls From The Skiesの略)、

というらしくhttps://aglamedia.com/spiritual/1500/、『和漢三才図会』には、

怪雨(あやしのあめ)、

とするhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%BA

天狗礫.jpg

(「天狗礫」 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)

天狗のしわざとされるものには、「天狗礫」の外に、

天狗倒し、
天狗笑い、
天狗のカゲマ、
天狗の酒買い、
天狗の通路、
天狗囃子(ばやし)、
天狗隠し、
天狗の太鼓、
天狗ゆすり、
天狗火、
天狗風、

等々さまざまな怪異が挙げられている(柳田・前掲書・日本昔話事典)。

「天狗倒(たふ)し」は、

二百余間の桟敷、皆天狗倒しに遭てげり。よそよりは、辻風の吹くとぞ見えけり(太平記)、

と、

深山で、突然樹木が倒れるような原因不明の大音響が立つこと、天狗が暴れる音と信じられていたのでいう。また、家などが、突然原因もなくたおれること、

とある(岩波古語辞典)が、しかし、

非常な大木をゴッシンゴッシンと挽き斫(き)る音が聴こえ、ほどなくえらい響きを立てて地に倒れる。しかも、後にその方角に行ってみても、一本も新たに伐(き)った株などはなく、もちろん倒れた木などもない、

という(柳田・前掲書)、

山中で大木を切り倒す音がするが行ってみると何事もない、

という方が原型のようである。天狗の、

山中を自在に駆け、背が高く眼光が鋭いという山人など山住みの生活者のイメージ、

を反映したものと考えられ(世界大百科事典)、

天狗倒しの音響に至っては、……或いは狸の悪戯などという地方もあるが、本来跡方もない耳の迷いだから、誰の所業と尋ねてみようもない。深夜人定まってから前の山などで、大きな岩を突き落す地響がしたり、またはカキンカキンと斧の音が続いて、やがてワリワリワリワリバサアンと、さも大木を伐り倒すような音がする。夜が明けてからその附近を改めて見ると、一枚の草の葉すら乱れてはいなかった、などというのが最も普通の話、

とあり(柳田・前掲書)、これを、

其怪を伐木坊(きりきぼう)又は小豆麿(あずきとき)と謂ふ。伐木坊は夜半に斧伐(ふばつ)の聲ありて顛木の響を為す。明くる日其処を見るになんの痕(あと)も無し(白河風土記)、

とするものもある(仝上)。

こうした怪を体験すると、山の神を祭り、仕事を休んだり、作法にのっとって酒や餅(狗びん餅、ごへい餅など)を供えたり、仕事場や山小屋の向きを変えたりする、

という(日本伝奇伝説大辞典)。西日本では、

山童(やまわろ 人間の嬰児に似た妖怪)、
セコ(ヨイヨイとかショウショウと勢子に似た声を出す)、

がそういうしわざをすると考えられていたが、天狗、セコ、山童は、

山で働く人々の間の山の神、

の信仰が零落して、妖怪化したものとみられる(仝上)。これらは、

天狗さんの遊び仕事、
狗(ぐ)びさんの空木倒し、
天狗なめし、
天狗かえし、

などともいう(日本昔話事典・日本伝奇伝説大辞典)。

「天狗囃子」は、

どこからともなく祭囃子の音が聞こえてくるというもの、

である。

「天狗笑い」は、

人数ならば十人、十五人が一度に大笑いする声が、不意に閑寂の林の中から聴こえる、

というもの(柳田・前掲書)、

もともとは神霊の威力を示し、人々を畏怖させる目的であった、

と考えられる(日本伝奇伝説大辞典)。

「天狗ゆすり」は、

夜小屋がユサユサとゆすられているので、……窓からそっと覗くと、赤い顔をした大男がいた、

という類の話である(日本昔話事典)。

「天狗のカゲマ」は、

天狗攫い、
天狗隠し、

といわれる、

神隠し、

と繋がっている。子供が神隠しに遭うのは、大体、

旧暦四月ごろ、

と決まっていいたらしく、たとえば、

跡にはきちんと履物が揃えられており、村中が鉦や太鼓で探す。見つかる時には、何度も探した場所に不意に現れたり、屋根の棟など思ってもいない場所にいたりする、中には、天狗と一緒に遠くの土地を見物したなどという者もいる、

といい(日本昔話事典)、

なお人が設けたのでない法則のごときものが、一貫して存するらしい、

とある(柳田國男「山の人生」)。

例えば信州などでは、山の天狗に連れて行かれた者は、跡に履物が正しく揃えてあって、一見して普通の狼藉、または自身で身を投げたりした者と、判別することができるといっている、

という(仝上)。たとえば、

松崎村の寒戸というところの民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或る日親類知音の人々その家に集まりてありしところへ、きわめて老いさらぼいてその女帰り来たれり。いかにして帰って来たかと問えば人々に逢いたかりし故帰りしなり。さらばまた行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。その日は風の烈しく吹く日なりき。されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、きょうはサムトの婆が帰って来そうな日なりという(柳田國男「遠野物語」)、

とあり、その探し方は、

北大和の低地部では狐にだまされて姿を隠した者を捜索するには、多人数で鉦と太鼓を叩きながら、太郎かやせ子か やせ、または次郎太郎かやせと合唱した。この太郎次郎は子供の実名とは関係なく、いつもこういって喚んだものらしい。そうして一行中の最近親の者、例えば父とか兄とかは、一番後に下ってついて行き、一升桝を手に持って、その底を叩きながらあるくことに定まっており、そうすると子供は必ずまずその者の目につくといっていた。(中略)播磨の印南郡では迷子を捜すのに、村中松明をともし金盥などを叩き、オラバオオラバオと呼ばわってあるくが、別に一人だけわざと一町ばかり引き下って桝を持って木片などで叩いて行く。そうすると狐は隠している子供を、桝を持つ男のそばへほうり出すといっていた。同国東部の美嚢郡などでは、迷子は狐でなく狗賓さんに隠されたというが、やはり捜しにあるく者の中一人が、その子供の常に使っていた茶碗を手に持って、それを木片をもって叩いてあるいた、

などとある(柳田國男「山の人生」)。

「天狗のカゲマ」と呼ばれるのは、

(『黒甜瑣語(1795年)』によると)当時神隠しに遭って帰ってきた少年や男たちは「天狗の情朗」と呼ばれていたとある。情朗は「陰間」とも呼ばれ、神隠しの犠牲者は邪な性的欲求の犠牲者と認識されていた、

ことと関係があるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%8B%97%E6%94%AB%E3%81%84。たとえば、

世の物語に天狗のカゲマと云ふことありて、爰かしこに勾引さるゝあり。或は妙義山に将て行かれて奴となり、或は讃岐の杉本坊の客となりしとも云ふ。秋田藩にてもかゝる事あり。元禄の頃仙北稲沢村の盲人が伝へし『不思議物語』にも多く見え、下賤の者には別して拘引さるゝ者多し。近くは石井某が下男は、四五度もさそはれけり。始は出奔せしと思ひしに、其者の諸器褞袍(おんぽう)も残りあれば、それとも言はれずと沙汰せしが、一月ばかりありて立帰れり。津軽を残らず一見して、委しきこと言ふばかり無し。其後一年ほど過ぎて此男の部屋何か騒がしく、宥して下されと叫ぶ。人々出て見しに早くも影無し。此度も半月ほど過ぎて越後より帰りしが、山の上にてかの国の城下の火災を見たりと云ふ。諸人委しく其事を語らせんとすれども、辞を左右に托して言はず。若し委曲を告ぐれば身の上にも係るべしとの戒を聞きしと也。四五年を経て或人に従ひ江戸に登りしに、又道中にて行方無くなれり。此度は半年ほどして、大阪より下れりと云う(黒甜瑣語)、

とある(柳田國男・前掲書)。

天狗 鳥山石燕.jpg

(「天狗」 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)

また、不思議の現象の起きる道筋を、

天狗の通い路、
天狗の道、

といい、

山の頂の草原の間に、路らしい痕跡のあるところ、

は、

いずこの嶺にも山鬼(さんき)の路とて、嶺の通路はあけるもの也。此道を行かば又何処とも無く踏み迷ひなん、

と(菅江真澄「遊覧記」)、

山男の往来に当たっている、

として、

露宿の人がこれを避けたり、

樵夫(きこり)の輩一切夜分は居らぬことにしている、

とか、山中に小屋を掛ける人たちも、

谷の奥が行抜けになって向こう側へ越えうる場所は此れを避け、奥の切り立って行詰まりになった地形を選定する、

といい、

途中にて石を撃たるゝこと、土民は天狗の道筋に行きかゝりたるなりと謂ふ。何れの山にても山神の森とて、大木二三本四五本も茂り覆ひたる如くなる所は其道なりと知ると言へり(笈埃随筆)、

とある(柳田・前掲書)。また、山中の茂みにある小さな空地を、

天狗の相撲場、

といい、

予期しない時に急に空から吹き下ろしてくる旋風、

つむじ風、
辻風、

を、

天狗風、

といい(風と雲のことば辞典)、

人心を惑わすあやしいデマを、

天狗沙汰、

不審火・鬼火を、

天狗火、

などといったりする(日本伝奇伝説大辞典)。

天狗を題材にした、昔話には、そこで天狗が休んだ、という、

天狗松、

や、天狗をだまして手に入れた、

隠れ蓑笠、

というのがある。それは、大略、

ある子供が「めんぱ」に弁当を入れて山へ行く。天狗がいるので「めんぱ」でのぞき、京が見える、五重塔が見えると欺く。天狗が貸せというので隠れ蓑笠と交換する。天狗はのぞいてみたが何も見えないので、だまされたと気づいて子供を探すが、隠れ蓑笠を着ているのでみつからない。子供は隠れ蓑笠を使って盗み食いする。あるとき母親が蓑笠を焼いてしまう。灰を体に塗り付けて酒屋で盗み飲みすると、口の周りの灰がとれて発見され、川へ飛び込んで正体が現れる、

といった話である(日本昔話事典・日本大百科全書)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
柳田國男『遠野物語・山の人生』(岩波文庫)
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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