又ぐしたてまつりたりしかば、なりはてんやうゆかしくて、思もかけず(宇治拾遺物語)、
にある、
ゆかし、
は、
知りたい、
という意味になる(中島悦次校注『宇治拾遺物語』拾遺)。「ゆかし」は、口語の、
ゆかしい、
で、
床しい、
懐しい、
等々と当てるが、当て字である。「ゆかし」は、
行か+し、
で(日本語源広辞典)、
行(ゆ)くの形容詞形、
であり、
良いことが期待される(岩波古語辞典)、
心が行きたい状態になる(日本語源広辞典)、
心、往かむとする意(大言海・本朝辞源=宇田甘冥)、
ゆか(往)しき義(名言通)、
ゆかまほしの略(志不可起)、
ユカシムルの義(日本語源=賀茂百樹)、
等々と、
心の中の~したいという思いの表現、
とされ、
海づらもゆかしくて出で給ふ(源氏物語)、
と、
どんな様子か見たい、
逢いたい、
あるいは、
藤壺のまかで給へる三条の宮に、御有様もゆかしうて参り給へれば(仝上)、
と、
どんな様子か、誰であるか、知りたい、
等々、
見たい、
聞きたい、
知りたい、
逢いたい、
等々の、
何となく知らまほし、
という心情表現から、
見えぬものに心をやる、
という心の動きの、
奥ゆかし、
心ゆかし、
という(大言海)価値表現へと変じた、とみえる。色葉字類抄(1177~81)には、
色、ゆかし、
とあるのは、そんな微妙な心情表現ではないか。
しのびて寄する車どものゆかしきを、それか、かれかなど思ひよすれば(徒然草)、
の、
好奇心を持つ、
は、隣接した意味だし、今日、
ゆかしい人柄、
などと使うのも、奥ゆかしさという価値表現につながる。それは、
山路来て何やらゆかしすみれ草(芭蕉)、
の、
何となく懐かしい、
何となく慕わしい、
何となく心が引かれる、
などともつながる価値表現になる。
「床」(慣用ショウ、漢音ソウ、呉音ジョウ)は、
会意文字。「广(いえ)+木」で、木でつくった家の台や家具を表す。もと細長い板を並べて張ったベッドや細長い板の台のこと。牀と同じ、
とある(漢字源)が、
「牀(シヤウ 板に足を付けたベンチ上の寝台)」の俗字、
のようである(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BA%8A・角川新字源)。日本の「ゆか」の意が強く「寝床(ねどこ)」「床屋」「床の間」などと異なり、「病床」のように、寝台や腰かけの意で使われる。別に、
会意兼形声文字です(广(爿)+木)。「屋根」の象形と「寝台を立てて横から見た象形と大地を覆う木」の象形(「ねだい」の意味)から、「ねだい」を意味する「床」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1179.html)。
「懷(懐)」(漢音カイ、呉音エ)は、
会意兼形声。褱(カイ)は「目からたれる涙+衣」の会意文字で、涙を衣で囲んで隠すさま。ふところに入れて囲む意を含む。懷は、それを音符とし、心を加えた字で、胸中やふところに入れて囲む、中に囲んで大切に温める気持ちをあらわす、
とある(漢字源・角川新字源・https://okjiten.jp/kanji1539.html)が、「懷」の字源には、
会意兼形声あるいは形声。「心」+音符「褱 /*KUJ/」。{懷 /*gruuj/}(思う、懐かしむ)を表す字、
とする上記説以外に、
音符の「褱」は形声文字、「衣」+音符「眔 /*KUJ/」。{懷 /*gruuj/}(いだく、つつむ)を表す字、
とする説もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%87%B7)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:ゆかし