大なる銀の提(ひさげ)に銀のかひをたてて、おもたげにもてまゐりたり(宇治拾遺物語)、
御膳まゐるほどにや、箸、かひなど、とりまぜて鳴りたる、をかし(枕草子)、
侍、かひに飯をすくひつつ、高やかに盛り上げて(今昔物語)、
などとある、
かひ、
は、
匙、杓子の類、
とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。
因みに、「ひさげ」は、「とっくり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474699082.html)でも触れたが、
提子、
と当て、
金属にて鍋の如く造り、酒を盛りて盃に注ぐ器、注口あり、鉉(つる)有りて提(ひさ)ぐべし、
とあり、『類聚名義抄』(11~12世紀)に、
提、ひさげ、
『類聚雑要抄(るいじゅうぞうようしょう)』(平安時代後期)に、
提一口三升納、
とある(大言海・日本大百科全書)。
さて、「かひ」は、
匙、
匕、
と当て、
食物をすくう具、
つまり、
さじ、
の意である(広辞苑)。平安時代には、「かひ」が使われているが、
さじ、
の呼称は鎌倉時代の茶道の隆盛以降で、「茶匙」(さじ)の文字があてられ、銀、銅、陶磁器、木、竹などを材料とした、
とある(ブリタニカ国際大百科事典)。
和名類聚抄(平安中期)に、
匙、匕、和名賀比、所以取飯也、
字鏡(平安後期頃)に、
枸(杓の誤か)、杯也、加比、
匕、薬乃加比、
ともある。その由来は、
もと貝殻を用いたところから(デジタル大辞泉)、
貝の転用、古く実際に貝を使った(岩波古語辞典)、
その形が貝に似ていることから(和訓栞・名言通・和訓栞)、
古く貝殻を用いていたところから(精選版日本国語大辞典・国語大辞典)、
等々、
貝(かひ)、
とするものがある一方、
殻(かひ)を用ゐたるに起これるか、形の似たるにより云ふか、沖縄にて、匙をケエと云ふ(大言海)、
と、
殻(かひ)、
とするものもある。「たまご」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481618276.html)で触れたように、
かひ、
に当てるものには、
卵、
殻、
貝、
等々あり、「貝」は、
介、
とも、
殻、
とも当てる(岩波古語辞典)。「貝(かひ)」は、和名類聚抄(平安中期)に、
貝、加比、水物也、
とあり、
殻(カヒ)あるものの義、貝(バイ)の字はこやすがひなり(大言海)、
であり、「卵(かひ)」も、
殻(かひ)あるものの義、
であり、「殻(かひ)」は、和名類聚抄(平安中期)に、
殻、和名與貝(かひ)、同虫之皮甲也、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
稃、イネノカヒ、
とあるように、
卵(かひ)、貝(かひ)などすべて云ふ(大言海)、
米のもみ殻(岩波古語辞典)、
と「殻」のあるものを指す(大言海・岩波古語辞典)。だから、
貝(かひ)、
も、
殻(かひ)、
に収斂する。因みに、「匙」を、
さじ、
と訓ませるのは、
茶匙の字音から(広辞苑・日本釈名)、
茶匙(さじ)は音訳(「茶」のサは唐音、「匙」のジは呉音)(漢字源)、
茶匙(さじ)の字音、匙(ヒ)、匕(ヒ)は、同じくして、飯杓子(めしじゃくし)なり、其形を、小さく作りたるものとおぼしく、茶録に、茶匙見えてあれば、元来は、末茶の用の物なりしを、種々の物にも用ゐることとなれるならむ(大言海)、
「さ」は「茶」の漢音で、「さじ」は「茶匙」の字音(日本語源大辞典)、
等々とあり、
飯杓子の如くして、小さきもの、
であり(大言海)、
中世の茶道、香道では「香匙(きょうじ)」、
といった使い方をするし、
匙を投げる、
は、
調剤用の匙を投げ出す意、
から、
医者がこれ以上治療の方法がないと診断する、
医者が病人を見放す、
となる(日本語源広辞典・精選版日本国語大辞典)。
「匙」(漢音シ、呉音ジ、慣用ヒ)は、
会意兼形声。是(シ・ゼ)は「まっすぐなさじ+止(足)」の会意文字で、匙の原字。のち「これ」という意の指示詞や、是非の是に用いられるようになったため、匕印(すきまに差し込むさじ)を添えた匙(シ)の字によって、原義を表すようになった。匙は「匕+音符是」、
とある(漢字源)。別に、
象形文字です。「匕」は「妣(ヒ)」の原字です「年老いた女性」の象形から、「亡き母」を意味する「匕」という漢字が成り立ちました。また、「比(ヒ)」に通じ(同じ読みを持つ「比」と同じ意味を持つようになって)、「亡き父と並ぶ人」の意味も表します。更に、箸(はし)と並ぶもの「さじ(スプーン)」の意味をも表すようになりました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2824.html)。
「匕」(ヒ)は、
象形。匕は、「妣(ヒ 女)」の原字で、もと細かいすき間をはさみこむ陰門をもった女や牝(めす)を示したもの。匙(シ)の字に含まれる。また、この字全体を二またのスプーンを描いた象形文字と見てもよい。先端が薄くとがり、骨と肉とのすき間に差し込める食事用のナイフ。少しくぼみをつけるとスプーンともなり、もっぱら切り突くのに用いれば匕首(あいくち)となる、
とある(漢字源)が、「牝鶏の晨す」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/487851012.html)で触れた、「牝」(漢音ヒン、呉音ビン)の字の、
会意兼形声。「ヒ」(ヒ)は、女性の姿を描いた象形文字で、妣(ヒ 女の先祖)の原字。牝は「牛+音符ヒ」で、めすの牛。女性の性器が左右両壁がくっついて並んださまをしていることからでたことば、
とあり(漢字源)、
「尼」「牝」の「ヒ」形は女性器を象ったものだが、さじの意の「匕」とは別源、また「化」「死」「北」等の「ヒ」形は人を象ったもので、これも別源・別形、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%95)のと比較した時、上記「匕」の解釈では、「匕」(ヒ)が「ヒ」(ヒ)と重なっていて矛盾するような気がする。
(「匕」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%95より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95