2022年06月08日

衲(のう)


ひきいでたるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ず、ふときいとして、あつあつとこまかにつよげにしたるをもてきたり(宇治拾遺物語)、
その蔵にぞ、ふくたいのやれ(破れ)などは、をさめて、まだあんなり(仝上)、

とある、

ふくたい、

は、異本には、

たいといふもの、

とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)とある。

たい、

は、和名類聚抄(平安中期)に、

玄弉三蔵表云、衲袈裟一領、俗云能不(のふ)、一云太比(たひ)、

とあり(仝上)、

衲(のう)、

つまり、

衲衣(なふえ・のうえ 納衣)、

言い換えると、

衲袈裟(なふげさ・のうげさ)、

の意味ではないかとし、「ふくたい」を、

服体(和訓栞)、
腹帯、
服衲、

とさまざまに当てる説があるとした上で、

胴着、

と見ている(仝上)。「衲(のう)」は、旧仮名遣いで、

なふ、

と表記し、

暑げなるもの 随身の長の狩衣。衲(のふ)の袈裟。出居(いでゐ)の少将(枕草子)、

とある、

衲の袈裟、

つまり、

衲衣、

の意であり、それを提喩として、

僧、

の意で、僧自身が、

小衲、
拙衲、

と使ったり、僧を、

衲僧、
衲子(のっす)、
老衲、
野衲(やのう)、

と言ったりする。「衲」には、

補綴、

の意があり(広辞苑)、「衲衣」は、

衲子(のっす)の行履(あんり)、旧損(くそん)の衲衣等を綴り補うて捨てざれば、物を貪惜(とんじゃく)するに似たり(正法眼蔵随聞記)、

と、

朽ち古びたぼろ布を集め綴って作った法衣(ほうえ)、

を意味する。「衲衣」は、

納衣、

とも当てるが、佛祖統紀(咸淳五年(1269) 南宋・僧志磐撰)の慧思傳、注に、

五納衣、謂、納受五種舊弊以為衣也、俗作衲字失義、

とあり、

納に作を正しとなす、

とある(大言海)。大乗義章(だいじょうぎしょう 慧遠(523~92年)著)に、

言納衣者、朽故破弊縫納供身、

とあり、

人の捨てて顧みざる布帛を繕い集めて作れる法衣、

である(大言海)。

衲袈裟、
糞掃衣(ふんぞうえ)、

とも言い、

比丘は、これを着するを十二頭陀行の一とする故、それを着る僧の称、

ともなる(仝上)。因みに、

糞掃衣残闕、

が東京国立博物館に残っている。この糞掃衣は、

不定形なさまざまな色の平絹を何枚か重ね合わせ、細かく刺し縫いして七条の袈裟に仕立てている。裂の表面は、ちょうど小波(さざなみ)がたったように波皺(なみしわ)状にみえ、一部には表面が擦れて下から別色の裂がわずかにのぞき、これらが相互に相まって微妙な色合いを呈し、一種独特な雰囲気を醸し出している、

とあるhttps://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=null&content_base_id=100636&content_part_id=000&content_pict_id=000。「七条の袈裟」とあるのは、

二長一短の七条の袈裟、

をさし、

古くは布きれや使い古しの布を継ぎ合わせて作られていました。そのため、小さい面積の布を数枚継ぎ合わせたものを縫製して仕立てます。この継ぎ合わせた一枚を条といいます。腰に巻きつけるだけのものは、

五条袈裟、

と言われ、5枚の布から作られます。条は5~25までの枚数を用いて袈裟を縫製しますが、奇数の枚数のみが使われます。条の数が大きくなると、それだけ一条の幅が小さくなります。

二長一短、

というのは、2枚の長い布と1枚の短い布を組みあわせて、七条に継ぎ合わせてあるという意味です、

とあるhttps://en-park.net/words/7926

「糞掃衣」というのは、

サンスクリットのパンスクーラpāsukūlaの訳、

で、

糞塵(ふんじん)中に捨てられた布を拾い集めてつくった袈裟。袈裟として、もっとも理想的なもので尊重される、

とある(日本大百科全書)。しかし、

衲衣と同一にみるのは中国に至ってからで、インドではまったく区別されている、

とあり、衣財(えざい)は、貪著(どんじゃく)の心を除くための衣財で

10種の衣があり、牛嚼(ごしゃく)衣、鼠噛(そこウ)衣、焼衣、月水(がっすい)衣、産婦衣、神廟(しんびょう)中衣、塚間(ちょうけん)衣、求願(ぐがん)衣、受王職衣、往還衣(おうげんえ)、

をあげている(「四分律(しぶんりつ)」)。同一視されてからは、糞掃衣は、

衣財についての名称、

衲衣は、

製法についての名、

としているようで(仝上)、「衲衣」は、

衣財(えざい)を細小に割截(かっせつ)し、縫納してつくるところから、

いい、5種の衣財(有施主衣、無施主衣、往還(おうげん)衣、死人衣、糞掃衣)による衲衣を、

五納衣、

という(仝上)ともある。

ちなみに、「法衣(ほうえ)」とは、

如法(にょほう)の衣服の略称、

で、

法服、
僧服、
僧衣、
衣(ころも)、

ともいい、

僧尼が着ける衣服、

で、インドにおける意味は、截しない一枚の布では、欲望がおこるため、それを小さく切り、一枚の長い布と短い布をつなぎ合わせて1条とし、

安陀会(あんだえ 5条つないだもの(布を10枚縫い合わせる))、
鬱多羅僧衣(うったらそうえ 7条つないだもの(布を21枚縫い合わせる))、
僧伽梨衣(そうぎゃりえ 9~13条は長い布を二枚、短い布を一枚、15~19条は三長一短、21~25条は四長一短に区画。25条衣は125枚の割截した布が必要)、

の、

三衣(さんえ・さんね)、

をさし、

安陀会(あんだえ)、

は、寺内で掃除など雑行のときに着用し、もっとも身近に着けた。

鬱多羅僧衣(うったらそうえ)、

は、

誦経(じゅきょう)したり講義を聞くときに着用し、

僧伽梨衣(そうぎゃりえ)、

は、宮や集落に入って乞食(こつじき)説法するときに着用した(日本大百科全書)。

一枚の方形の生地に仕立てた、

ので、

方衣、

ともいう。仏制に衣と称するのは、

袈裟、

の意だが、後世に袈裟と衣とを分けて、袈裟を、

三衣、

と称し、

衣、

と別物とした(啓蒙随録)とあるhttp://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E8%A2%88%E8%A3%9F

「袈裟」は、

カーシャーヤ(kāṣāya)の音訳、

で、

赤褐色、

を意味する(仝上)、

仏教修行者と他宗教の修行者とを見分けるために定められた制服、

である(仝上)。だから、もとは、

色名で、衣の名称ではなかったが、比丘の衣が不正色(ふせいじき 濁色)であったところから衣の名となった、

という(日本大百科全書)。その形は、

田の畦畔(けいはん)が整然としているのから、長い布と短い布をつなぎ合わせてつくった、

とあり、袈裟の条相が田の畦(あぜ)をかたどっており、田に種を播(ま)けば秋に収穫があるように、仏を供養(くよう)すればかならず諸々の福報を受ける、

という意味から、袈裟は、

福田衣(ふくでんえ)、

ともいわれる(仝上)。

ただ、後世、上半身を覆う、

偏衫(へんざん)、

腰より下をまとう、

裙子(くんず)、

上下を一つにした、

直裰(じきとつ)、

等々僧の身に着けるものすべてを仏法の衣服として法衣(ほうえ)と称したので、インドの仏教教団で着用した袈裟とはかなりかけ離れたものに変わっている(仝上)。

ちなみに、「衲衣」は、

十二頭陀行(「頭陀」はdhūta の音訳。払い除くの意)、

の一つとされるが、それは、

衲衣・但三衣・常乞食・不作余食(次第乞食)・一坐食・一揣食・住阿蘭若処・塚間坐・樹下坐・露地坐・随坐(または中後不飲漿)・常坐不臥、

となる。本来は、「乞食」http://ppnetwork.seesaa.net/article/454711838.htmlで触れたように、

衲衣、

ではなく、

糞掃衣、

なのかもしれない。

「衲」 漢字.gif

(「衲」 https://kakijun.jp/page/E5D3200.htmlより)

「衲」(漢音ドウ、呉音ノウ)は、

会意兼形声。「衣+音符内(中に入れ込む)」、

で、「繕う」意だが、

破れ目を縫い込めた衣、

の意から、

僧侶の衣服の意、

とある(漢字源)。

「納」 漢字.gif


「納」(漢音ドウ、呉音ノウ、唐音ナッ・ナ・ナン、慣用トウ)は、

会意兼形声。内(ナイ)は「屋根のかたち+入」の会意文字で、納屋の中に入れ込むこと。納は「糸+音符内(ナイ)」で、織物を貢物としておさめ、蔵に入れ込むことを示す、

とある(漢字源)が、

形声。糸と、音符內(ダイ)→(ダフ)とから成る。しめった糸の意を表す。転じて「いれる」意に用いる、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(糸+内)。「より糸」の象形と「家屋の象形と入り口の象形」(「いれる・はいる」の意味)から、水の中に入れひたした糸を意味し、そこから、「おさめる」、「入れる」を意味する「納」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji986.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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