2022年06月13日

すまふ


せめののしりければ、あらがひて、せじと、すまひ給ひけれど(宇治拾遺物語)、

にある、

すまふ、

は、

争ふ、
抗ふ、
拒ふ、

などと当て、

相手の働きかけを力で拒否する意、

で(岩波古語辞典)、

人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とどむるいきほひなし。女もいやしければ、すまふ力なし(伊勢物語)、

と、

争ふ、
負けじと張り合ふ、
抵抗する、
為さんとすることを、争ひて為させず、

という意味と、

もとより歌の事は知らざりければ、すまひけれど、しひてよませければ、かくなむ(仝上)
草子に歌ひとつ書けと、殿上人におほせられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに(枕草子)、

と(大言海)、

拒む、
ことわる、
辞退する、

と、微妙に意味のずれる使い方をする(広辞苑)。この名詞、

すまひ、

は、

相撲、
角力、

と当て、


乃ち采女を喚し集(つと)へて、衣裙(きぬも)を脱(ぬ)きて、犢鼻(たふさぎ)を着(き)せて、露(あらは)なる所に相撲(スマヒ)とらしむ(日本書紀)、

と、

互いに相手の身体をつかんだりして、力や技を争うこと(日本語源大辞典)、

つまり、

二人が組み合って力を闘わせる武技(岩波古語辞典)、

要するに、

すもう(相撲)、

の意だが、今日の「すもう(相撲・角力)」につながる格闘技は、上代から行われ、「日本書紀」垂仁七年七月に、

捔力、
相撲、

が、

すまひ、

と訓まれているのが、日本における相撲の始まりとされる(日本語源大辞典)。「捔力」は、中国の「角力」に通じ、

力比べ、

を意味する(日本語源大辞典)。字鏡(平安後期頃)にも、

捔、知加良久良夫(ちからくらぶ)、

とある(日本語源大辞典)。中古、天覧で、

儀式としての意味や形式をもつもの、

とみられ、

其、闘ふ者を、相撲人(すまひびと)と云ひ、第一の人を、最手(ほて)と云ひ、第二の人を、最手脇(ほてわき)と云ふ、

とあり(大言海)、これが、制度として整えられ、

勅すらく、すまひの節(せち)は、ただに娯遊のみに非ず、武力を簡練すること最も此の中に在り、越前・加賀……等の国、膂力の人を捜求して貢進せしむべし(続日本紀)、

とある、

相撲の節会、

として確立していく(仝上)。これは、平安時代に盛行されたもので、

禁中、七月の公事たり、先づ、左右の近衛、力を分けて、國國へ部領使(ことりづかひ)を下して、相撲人(防人)を召す。廿六日に、仁壽殿にて、内取(うちどり 地取(ちどり))とて、習禮あり、御覧あり、力士、犢鼻褌(たふさぎ 下袴(したばかま 男が下ばきに用いるもの)の上に、狩衣、烏帽子にて、取る。廿八日、南殿に出御、召仰(めしおほせ)あり、力士、勝負を決す。其中を選(すぐ)りて、抜出(ぬきで)として、翌日、復た、御覧あり、

とあり(大言海)、その後、

承安四年(1174)七月廿七日、相撲召合ありて、その後絶えたるが如し、

とある(仝上)。また、別に、

相撲の節は安元(高倉天皇ノ時代)以来耐えたること(古今著聞集)、

ともある(日本語の語源)。高倉天皇は在位は、応保元年(1161)~治承四年(1181)、承安から安元に改元したのが1175年、安元から治承に改元したのが1177年なので、安元から治承への改元前後の頃ということか。なお、「犢鼻褌(たふさぎ・とくびこん)」については「ふんどし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/477980525.htmlで触れた。

スマヒの勝ちたるには、負くる方をば手をたたきて笑ふこと常の習ひなり(今昔物語)、

とあるように、禁中では、相撲の節会は滅びたが、民間の競技としては各地で盛んにおこなわれていた(日本語源大辞典)とある。また、「すまひ(相撲)」は、武技の一のひとつとして、昔は、

戦場の組打の慣習(ならはし)なり。源平時代の武士の習ひしスマフも、それなり、

と、

組討の技を練る目的にて、武芸とす。其取方は、勝掛(かちがかり 勝ちたる人に、その負くるまで、何人も、相撲こと)と云ふ。此技、戦法、備わりて組討を好まずなりしより、下賤の業となる(即ち、常人の取る相撲(すまふ)なり)、

とあり(大言海)、どうやら、戦場の技であるが、そういう肉弾戦は、戦法が整うにつれて、下に見る傾向となり、民間競技に変化していったものらしい。

ところで、「すまひ」は、動詞「すまふ」の名詞化とされているが、上代に動詞としての使用例は見られず、名詞形「すまひ」も、

一般に格闘技全般を表したか、すもう競技にかぎられたものか明らかでない、

とある(日本語源大辞典)。上代は、古事記の、

然欲爲力競、

として、

建御名方神(タケミナカタ)が建御雷神(タケミカヅチ)の腕を摑んで投げようとした、

とあるのが、いわば「すまひ」の原型とされhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%92%B2、今日の「相撲」というよりは「格闘」を指していたと思われる。

和名類聚抄(平安中期)には、

相撲、角觝、須末比、

類聚名義抄(11~12世紀)には、

角觝、スマヒ、

とある。中古では、上記の例のように、「すまひ」は、

競技またはその行事、

を指し、「すまふ」は、

負けまいとして張り合う、

意で使い、中古和文の仮名書き例は、

すまふ、

のみであるが、中世には、

すまう、

も使用されるようになる(文明本節用集・運歩色葉・日葡辞書等々)。中世末には、「すまふ」より「すまう」の方が、より日常的な語形となっていたと考えられる(日本語源大辞典)、とある。

確定的な文献がないため、

動詞「すまふ」が名詞化して「すもう」になったか、「すまふ」の連用形「すまひ」がウ音便化されたか、

は、っきりしないとある(語源由来辞典)。ただ、「すまふ」を、

セメアフ(攻め合ふ)という語は、セの母音交替[eu]、メア〔m(e)a〕の縮約の結果、スマフ(争ふ)に変化した。「あらそふ。負けまいと張り合う。抵抗する」意の動詞である。〈女も卑しければスマフ力なし〉(伊勢)。〈秋風に折れじとスマフ女郎花〉(後拾遺集)、

とみなし、それが、

スマフ(相撲ふ)に転義、そして、二人が組み合い力を戦わせて勝負することをいう。その名詞形のスマヒ(相撲。角力)は力比べの競技のことをいう。〈当麻蹶速(たぎまのけはや)と野見宿禰(のみのすくね)とをスマヒとらしむ〉(垂仁紀)、

と、名詞に変化したとみている説もある(日本語の語源)。いきなり名詞というより、

動詞→名詞化、

の方が自然な気はする。

なお、「すもう」http://ppnetwork.seesaa.net/article/455706928.htmlについては触れたことがある。

「爭」  漢字.gif


「争」 漢字.gif

(「争」 https://kakijun.jp/page/0641200.htmlより)

「争」(漢音ソウ、呉音ショウ)は、

会意文字。「爪(手)+一印+手」で、ある物を両者が手で引っ張り合うさまを示す。反対の方向に引っ張り合う、の意を含む、

とある(漢字源)が、別に、

会意。爪と、尹(いん 棒を手に持ったさま)とから成る。農具のすきをうばいあうことから、「あらそう」意を表す、

とも(角川新字源)、

会意文字です。「ある物を上下から手で引き合う」象形と「力強い腕の象形が変形した文字」から力を入れて「引き合う」・「あらそう」を意味する「争」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji714.html

「抗」 漢字.gif


「抗」(漢音コウ、呉音ゴウ)は、

会意兼形声。亢(コウ)とは、人間のまっすぐに立ったのどくびの部分を示した会意文字。抗は「手+音符亢」で、まっすぐたって手向かうこと、

とある(漢字源)が、別に、

会意形声。「手」+音符「亢」、「亢」は人が直立することの象形又は会意。真っ直ぐに立って、手向かうこと。「杭(真っ直ぐなくい)」「航(真っ直ぐに進む)」「坑(真っ直ぐなあな)」と同系、「工(穴をあけ通す)」とも近縁か、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8A%97

形声。手と、音符亢(カウ)とから成る。高くあげる意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(扌(手)+亢)。「5本指のある手」の象形と「盛りあがったのどぼとけ」の象形(「のど・たかぶる」の意味)から、「手を高くあげる」、「こばむ」を意味する「抗」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1076.html

「拒」 漢字.gif


「拒」(漢音キョ、呉音ゴ)は、

会意兼形声。巨(キョ)は、取手のついた定規のかたちを描いた字。定規は上線と下線とが距離をおいて隔たっている。拒は「手+音符巨」で、間隔をおし隔てて、そばに寄せないこと、

とある(漢字源)が、

持ち手の付いた定規(「矩」)を象る。定規の両端をへだてる、

とあるのがわかりやすいhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8B%92。別に、

形声文字です(扌(手)+巨)。「5本の指のある手」の象形と「とってのあるさしがね・定規」の象形(「さしがね・定規」の意味だが、ここでは、「却」に通じ(「却」と同じ意味を持つようになって)、「しりぞける」の意味)から、「手でしりぞける」を意味する「拒」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1784.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:12| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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