みれば額に角おひて目一つある物、あかきたふさきしたる物出来て、ひざまづきてゐたり(宇治拾遺物語)、
の、
たふさき、
は、
たふさぎ、
たうさぎ、
とふさぎ、
とも表記し、古くは、
わが背子が犢鼻(たふさき)にする円石(つぶれし)の吉野の山に氷魚(ひを)ぞ懸有(さがれる)(万葉集)、
とあり、色葉字類抄(1177~81)にも、
犢鼻褌、たふさき、
と、
清音で、現代表記では、
とうさぎ、
となり、
犢鼻褌、
犢鼻、
褌、
と当てる(広辞苑・大言海・日本語源大辞典)。別に、
したおび、
はだおび、
まわし、
すましもの、
ちひさきもの、
したも、
したのはかま、
はだばかま、
とくびこん(犢鼻褌)、
等々ともいう(大言海)。いまでいう、
ふんどし(褌)
のようなものとされ、
今の越中褌のようなもの、まわし、したのはかま(岩波古語辞典)、
股引の短きが如きもの、膚に着て陰部を掩ふ、猿股引の類、いまも総房にて、たうさぎ(大言海)、
肌につけて陰部をおおうもの、ふんどし(広辞苑)、
等々とあるので、確かに、
ふんどし、
のようなのだが、「ふんどし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/477980525.html)で触れたことだが、
犢鼻(とくび)、
と当てたのは、それをつけた状態が、
牛の子の鼻に似ていること(「犢」は子牛の意)、
からきている(日本語源大辞典)とする説もあり、確かに、和名類聚抄(平安中期)に、
犢鼻褌、韋昭曰、今三尺布作之、形如牛鼻者也、衳子(衳(ショウ)は下半身に穿く肌着、ふんどしの意)、毛乃之太乃太不佐岐(ものしたのたふさき 裳下(ものしたの)犢鼻褌)、一云水子、小褌也、
とあり、下學集(文安元年(1444)成立の国語辞典)にも、
犢鼻褌、男根衣也、男根如犢鼻、故云、
とある。しかし、江戸中期の鹽尻(天野信景)は、
隠處に當る小布、渾複を以て褌とす。縫合するを袴と云ひ、短を犢鼻褌と云ふ。犢鼻を男根とするは非也、膝下犢鼻の穴あり、袴短くして、漸、犢鼻穴に至る故也、
とする。つまり、「ふんどし」状のものを着けた状態ではなく、「したばかま」と言っているものが正しく、現在でいうトランクスに近いものらしいのである。記紀では、
褌、
を、
はかま、
と訓ませているので、日本釈名に、
犢鼻褌、貫也、貫両脚、上繁腰中、下當犢鼻、
と言っているのが正確のようである。「すまふ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488850813.html?1655057522)で触れたが、相撲の節会では、禁中、
力士、犢鼻褌の上に、狩衣、烏帽子にて、取る、
とあり(大言海)、
右相撲犢鼻褌上著狩衣、開紐夾狩衣前(「江家次第(1111頃)」)、
ともある。この恰好なら、
したばかま、
つまり、
トランクス、
の方が似合いそうである。
また、「犢鼻」(とくび)は、
脛の三里の上の灸穴の名と云ふ、
とある(大言海)。
足の陽明胃経の35番目のツボ、
で、その位置は、
膝前面、膝蓋靭帯外方の陥凹部、膝を屈曲したとき、膝蓋骨外下方の陥凹部、
にある(https://www.higokoro.com/acupuncture-points/1576/)。その位置が、
子牛の鼻に見えるからその名がつけられた、
らしい(http://www.sun-seikotsuhari.com/blog/2017/04/post-111-438921.html)。上記で、鹽尻が、
膝下犢鼻の穴あり、袴短くして、漸、犢鼻穴に至る故也、
といっているのは、その「犢鼻」の位置を言っているのである。
「犢鼻褌」に「犢鼻」を当てたのは、この、
灸穴の名、
から来ているようである。「たふさぎ」に当てた、
犢鼻褌、
は、漢音で、
トクビコン、
さるまた、
の意で、
相如身自著犢鼻褌、與保庸雑作、滌器於市中(史記・司馬相如伝)、
少孤食、愛學、閉戸読書、暑月惟著犢鼻(北史・劉畫傳)、
などと、
褌は貫、両脚を貫きて腰に繋ぐ、
とある(字源)。これもトランクス様である。
たふさき(ぎ)、
の由来については、
マタフサギ(股塞)の略(和字正濫鈔・漫画随筆・物類称呼・雅言考・言元梯・名言通・松屋筆記・和訓栞・大言海)、
タフサギ(手塞)の義(東雅・貞丈雑記・秋長夜話)、
タは助語、フサグ意(筆の御霊)、
といった諸説だが、上記の、
犢鼻(とくび)、
の意味から見れば、
マタフサギ(股塞)の略、
なのではあるまいか。
イメージとしては、
鬼が履いている虎柄のパンツ、
あるいは、
風神・雷神のはいている下着、
である。因みに、「追儺」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485463935.html)で触れたように、追儺の鬼は、裸ではない。
「犢」(漢音トク、呉音ドク)は、
形声、旁の字が音を表す、
とのみしかない(漢字源)が、別に、
形声。「牛」+音符「𧶠(イクまたはショク、古形は「𧷏・𧷗」、「賣(=売)」ではない)」、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8A%A2)。
子牛、
の意である。
(「犢」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8A%A2より)
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95