若き僧綱(そうごう)・有職(ゆうそく)などが庚申して遊けるに、うへの童(わらは)のいとにくさげなるが、瓶子などしありける(宇治拾遺物語)、
に
庚申して、
とあるのは、
庚申待、
の意で、
庚申の夜、語り明かす行事、
とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。「庚申」は、十干十二支の組合せの一つで、
かのえさる、
の日で、60日または60年ごとに巡ってくるが、この日の、
夜ごもりの慎みをしたり、種々の禁忌を守る信仰行事、
を、
庚申待(こうしんまち)、
あるいは、
庚申、
庚申会、
庚申祭、
御申待(おさるまち)、
などという。
一年、六度、庚申を祭り、其夜は、眠らずと云ふは、人、生れて、腹中に三尸蟲ありて、身を離れず、人を害さむとす、此蟲、庚申の夜、人の罪咎を天に告ぐ(江戸時代の百科事典『年中重寶記』)、
とされ、ために、
晝の申の刻七ッ(今の午後四時)より始めて、夜の寅の刻七ツ(今の午前四時)に至る、七刻の間を待ちて、猿田彦大神を祭り、供物七種を備進す、或は云ふ、道家に、此の夜寝れば、三尸蟲、人命を短くするとて、夜を守ることあり。略して、庚申、佛家に、青面金剛を、庚申に祭るといふ、
とあり(大言海)、道教、仏教の入り交じった民間信仰らしいことがうかがえる。平安中期編纂の児童向けの学習教養書『口遊』(くちずさみ)には、
彭侯子、彭常子、命兒子、悉入窈冥之中、去離我身(謂之庚申夜誦)、今案、毎庚申勿寝而呼、其名、三尸永去、萬福自來、
とあり、平安時代院政期末の故実書『簾中抄(れんちゅうしょう)』にも、
庚申夜ノ誦、彭侯子、彭常子、命兒子、離我身、夜モスガラ、イネズシテ、コレヲ唱フレバ、三尸サリ、萬福キタル、
とある。中国では、
守庚申、
守庚申会、
といわれ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8)、仏教と結びついて唐の中頃から末にかけてひろまったとされ、平安時代に貴族たちの間で行われていた「庚申待」は中国の「守庚申」にかなり近いものであった、という(仝上)。
(「三尸」(人の腹の中に棲むと信じられた虫) 右から上尸、中尸、下尸(唐代『太上除三尸九虫保生経』より) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8より)
もともとは道教の説で、
庚申の夜は三尸の虫が身体から脱け出して天に昇り、天帝にその人の罪過を報告するので、虫が脱け出さないように一晩中起きている、
とし、これを、
守庚申(しゅこうしん)、
と呼び、
この夜は徹夜する、
という作法は、奈良時代に輸入され、この慣習は、宮廷を中心に行われ、平安貴族にも受け継がれてゆくが、徐々に行事の中心は遊楽にシフトし、
徹夜するために仲間が集まり、酒食の宴を催す、
ということも生じ、中世になると、公家と武家が共同の庚申待を行ったり、町衆の寄合などにも、
夜を徹した連歌合や和歌合、
等々が行われ、
宗教的な場から逃避的な楽しみの場、
になっていく(日本伝奇伝説大辞典・日本昔話事典)。室町後期には、僧侶によって、
庚申縁起、
などが作られ、民間に普及し始め、仏教色の濃い、
庚申待供養の塔、
が建てられ、日本的なものに変質し、農村の村落社会の、
庚申さん、
と呼ばれる、
百姓の神さん、
と言われるようになる(仝上)。江戸時代になると、全国的に、
庚申講、
が組織され、
仲間が集まって供養しながら酒食をもてなす、
のが習慣となっていく(庚申塔は供養を三年目に行ったしるしである)。庚申講が、
申待(さるまち)、
と書かれたところから、猿の信仰と重なり、
猿を神使いとする日吉(ひえ)山王二十一社、
と結びつき、猿から、
猿田彦神、
が連想され、記紀の伝承から、
八衢神(やちまたのかみ)、
とされ、庚申塔を、
道祖神、
と重ねて扱うようになっていく(仝上)。
(庚申塚(青面金剛) 大辞泉より)
(庚申塚(三猿) 大辞林より)
因みに、古代伝承上、
八衢比売神(やちまたひめのかみ)、
と、
八衢比古神(やちまたひこのかみ)、
とは、
集落や道の要所にすわり、とともに邪神・悪霊の侵入をふせぐ、
とされ、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が檍原(あわきがはら)で禊(みそぎ)をしたときに、投げ棄てた御褌(みはかま たふさぎの意)から化生した神、
道俣神(ちまたのかみ)、
は、この両神をさしているともいう(https://www.wikiwand.com/ja/%E9%81%93%E4%BF%A3%E7%A5%9E)。「道俣神(ちまたのかみ)」の、ちまたは、「ちまた」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/464423994.html)で触れたように、
「道(ち)股(また)」の意、
であり、
道の分かれるところ、
分れ道、
の意である。
(庚申信仰は青面金剛を本尊とし、中央に青面金剛、上に日月、左右に猿、下に鶏 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%9A%E7%94%B3%E4%BF%A1%E4%BB%B0)
佛家は、以上の神道系の庚申信仰に対して、
六臂の青面金剛(しょうめんこんごう)、
が付会され、
阿弥陀三尊を表したりするものもある(日本伝奇伝説大辞典・日本昔話事典)。このため、「庚申待」の説明に、
庚申の夜、仏家では帝釈天(たいしゃくてん)および青面金剛(しょうめんこんごう)を、神道では猿田彦を祀る(広辞苑)、
などと説明されることになる。青面金剛(しょうめんこんごう)は、
青面金剛明王、
とも呼ばれるが、
インド由来の仏教尊格ではなく、中国の道教思想に由来し、日本の民間信仰である庚申信仰の中で独自に発展した尊格、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%9D%A2%E9%87%91%E5%89%9B)とされ、
三眼の憤怒相で四臂、それぞれの手に、三叉戟(三又になった矛のような法具)、棒、法輪、羂索(綱)を持ち、足下に二匹の邪鬼を踏まえ、両脇に二童子と四鬼神を伴う、
とあり、
三尸(さんし)を押さえる神、
とされている(仝上)。
しかし、あくまで庚申信仰行事は、
種々の本尊の礼拝や供養、
ではなく、
眠らずに謹んで夜を明かすこと、
であり、このためのタブーとされた俗信は多い。たとえば、
この夜にできた子は、泥棒になる、
とされ、
この夜は婚姻はしない、
夫婦は同衾しない、
とか、身を慎むべきことして、
庚申の仕事は無駄仕事、
庚申の夜なべは後戻りする、
などと言われ(日本昔話事典)、
清浄な身体で夜明かしする、
のを心掛ける。そのため、
話は庚申の晩に、
という諺があるように、
眠気をさます話題が求められ、種々の口承文芸の語り継がれる場にもなった(仝上)。
「三尸」は、「むし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/450968686.html)でも触れたが、人間の体内にいると考えられていた虫で、
此蟲、其人の隠微なる罪咎を知り、庚申の夜に、人の眠るを窺ひて、出でて、天帝に讒す、
といい(大言海)、
三虫(さんちゅう)、
三彭(さんほう)、
伏尸(ふくし)、
尸虫(しちゅう)、
尸鬼(しき)、
尸彭(しほう)、
などともいい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B0%B8)、
上尸、
中尸、
下尸、
の三種類があり、日本では『大清経』を典拠とした三尸を避ける呪文が『庚申縁起』などに採り入れられ広まった。中唐の柳宗元の詩文に対する解説・注釈書『柳文抄』の、罵尸蟲文・序に、
有道士言、人皆有尸蟲三、處腹中、伺人微失誤、輙籍記(=記帳)、日庚申幸其人之昏睡、出讒于帝以求饗、以是、人多謫過疾癘夭死、
とある。また日本に現存する最古の医学書『醫心方』(いしんほう)には、
大清経、曰、三尸、其形、顔似人、長三寸許、上尸名彭踞(ほうきょ)、黒色、居頭、……中尸名彭躓(ほうしつ)、青色、居背、……下尸名彭蹻(ほうきょう)、白色、居腹、
とある。
「庚」(漢音コウ、呉音キョウ)は、
象形。Y型にたてた強い心棒を描いたもの(漢字源)、
象形。Y字型に立てた強い心棒(「午」=「杵」)を両手で持つ形(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BA%9A)、
とする説と、
象形。かね状の楽器をつるした形にかたどる。借りて、十干(じつかん)の第七位に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「きねを両手で持ち上げる象形または、植物の生長が止まって新たな形に変化しようとする象形」から、「十干の第七位」を意味する「庚」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2442.html)、
などの説とに分かれている。
「申」(シン)は、
会意文字。もと、いなずま(雷光)を描いた象形文字で、電の字の原字。のち「臼(両手)+丨印(まっすぐ)」のかたちとなり、手でまっすぐのばすこと。伸(のばす)の原字、
とある(漢字源・角川新字源)。稲妻の象形は同じだか、
象形。稲妻を象る。電(伸びる稲妻)の元字。そこから、「伸」(のびる)、神(かみ)の意が生じ、その神に、願い事などをすることから「もうす」の意が生じた。紳、引、呻と同系(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3)、
象形文字です。「いなびかり(雷)の走る」象形から「のびる」・「天の神」を意味する「申」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji500.html)、
の解釈もある。
(「申」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)
参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95