ウィトゲンシュタイン(藤本隆志訳)『哲学探究』を読む。
本書は、
「1936年(47歳)の夏ノルウェーで書きはじめ、1945年初頭までかかって英国のケンブリッジで完成した手稿(第一部)と、1947年末から1949年までに主としてアイルランドで書き下ろした手稿(第二部)とを、その死後、愛弟子であったG・E・MアンスコムとR・リーズがまとめて、1953年オクスフォードのバジル・ブラックウェル社から出版したもの」
で(訳者あとがき)、「後期ウィトゲンシュタインの代表作と目されている」(仝上)が、丁度その直前までの、『ウィトゲンシュタインの講義』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488677234.html?1654452931)とほぼ地続きになっていて、冒頭しばらく、『講義』の延長線であるかのような錯覚を感じながら読んでいた。著者が「序」で、
「この書物は、もともと一冊のアルバムにすぎない」
と書いているように、普通の著作のように論旨を展開するというよりは、著者の着想を、スナップ写真のように、ちりばめたという印象は強く、アフォリズムの連続のようで、一貫した論旨を最後まで貫徹していた『論理哲学論考』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488074547.html)に比べると、言葉は悪いが、気づいたことを羅列しただけという印象はぬぐえない。そのために、書かれていることの意図が、理解できない箇所が何ヶ所もあって困惑させられた。
しかし、それでも、僕は、今回の読み直しで、二つのことに気づいた。
ひとつは、著者の有名な、
言語ゲーム、
にかかわる、言語のもつ、
文脈依存性、
ということについて、
いまひとつは、『論理哲学論考』での、
言語は世界を写す像である
とする、現実と言語との関係を、
~としてみる、
ということで180度ひっくり返したことについて、である。
言語ゲーム、
について、本書で、
「語の慣用の全過程を、子供がそれを介して自分の母国語を学びとるゲームの一つだ、と考えることができよう。わたくしは、こうしたゲームを『言語ゲーム』と呼び、ある原初的な言語をしばしば言語ゲームとして語ることにする。
すると、石を名ざしたり、あらかじめ言われた語をあとから発音するような過程もまた、言語ゲームと呼ぶことができるだろう。円陣ゲームの際用いられる語について、いろいろ慣用例を考えてみよ。
わたくしはまた、言語と言語の織り込まれた諸活動との総体をも言語ゲームとよぶ。」
と定義している。これは、
「ゲームというものは、ひとがある規則にしたがって物体を一平面上で移動させることによって成り立っている」
というゲーム観に対して示された言語観と言っていい。それは、例えば、シンプルな、
馬鹿!
という言葉が、
ばかやろう、
お前は馬鹿か、
ちがうだろう、
覚えろ、
駄目なひとねぇ、
あなたはばかねぇ、
おばかんさん、
等々様々な含意を持つのは、
「ここでは言語を話すということが、一つの活動ないし生活様式の一部である」
からであり、それを、
言語ゲーム、
と呼んでいるのである。それは違う言い方をすれば、
文脈依存、
ということになる。文字表現になった時も、
「語は文脈の中でのみ意味をもつ」(フレーゲ)
ことは同じだが、文字表現された「ことば」の含意に多く引きずられがちになる。特に、日本語だと、漢字の含意に引き寄せられることになるが、口頭の会話では、両者は同じ文脈で、同じ時間経過の中で、同じ体験をしている。そこでは、発せられた言葉は、
その状況(場、雰囲気、時間、関係性、表情、口調、言い方、その前の相手の言葉等々)に依拠している、
のである。だから、
「現象のすべてに対して同じことばを適用しているからといって、それらに共通なものなど何一つなく、――これらの現象は互いに多くの異なったしかたで類似している」
というしか言いようがないのである。ゲームの類似性を、
家族的類似性、
といい、それを
「互いに重なり合ったり、交差し合ったりしている複雑な類似性の網目を、大まかな類似性やこまやかな類似性を見ているのである」
というのはそういう意味で、「言語ゲーム」は、「概念の外延が何らかの境界によって閉ざされない」、
ピンボケの概念、
という。それは、別の言い方をすると、
ゆらぎ、
ではないのか。『論理哲学論考』でいう、
「命題は現実の像である。なぜなら、命題を理解するとき、私はその命題が描写している状況を把握し、しかもそのさい意味の説明を必要としたりはしないからである。」
現実と言語を一対一対応させようとした言語観とは180度違っている。それは、
生活現場、
では、
微妙に揺らぐ、意味の振幅、
があるからである。
いまひとつは、『論理哲学論考』で、
「世界が私の世界であることは、この言語(私が理解する唯一の言語)の限界が私の世界の限界を意味することに示されている。」
といった、
言語化の限界、
をも、180度ひっくり返したことである。
「言語そのものが思想の乗り物なのである。」
といい、
「自分たちはいつもことばによって考えている」
「〈痛み〉という概念を、あなたは言語とともに学んだのである。」
などというとき、言語は、「現実を写す像」ではないし、思いや、現実を捉える手段でもなく、逆に、言語こそが現実を見る(捉える)主体に変わっているのである。それを、
~として見る、
と、「見る」のさまざまにシチュエーションを想定しながら、
見なす、
とか、
そう見る、
とか言い変えつつ、「うさぎ―あひるの頭」を例に、
(うさぎ―あひるの頭 本書より)
「〈……として見る〉というのは知覚の一部ではない。そのために、それを見ることのようでもあり、また見ることのようでもない。」
と反芻しながら、
「それら二つの動物の形態を熟知しているひとだけが、〈うさぎとあひるの風景相(アスペクト)を見る〉」
と言うにとどめた。ウィトゲンシュタインがここまででとどめたことを、N.R.ハンソンは、
なぜ、同じ空を見ていて、ケプラーは、地球が回っていると見、ティコ・ブラーエは、太陽が回っていると見るのか?あるいは、同じく木から林檎が落ちるのを見て、ニュートンは万有引力を見、他人にはそうは見えないのか?
と問い、こういう例で説明した(http://ppnetwork.c.ooco.jp/view04.htm)。
“見る”とは、次の図を、
木によじ登っている熊として見ることであり、それは、九十度回転したら、次のような様子が現れるだろうことを見るのである、とする。
つまり、われわれは対象に自分の知識・経験を見る。あるいは知識でつけた文脈を見る。つまり、
もっている言葉によって見える世界が違う、
ということだ。同じことを、ゲーテは、
われわれは知っているものだけをみる、
と言った。ここまでウィトゲンシュタインの意図を収斂することが正しいかどうかは分からないが、ウィトゲンシュタインは、
現実を写す言語、
から、
言語が現実を見せる、
へと転換したということだけは確かに思える。ウィトゲンシュタインは、末尾近くで、
「長さとは何であるかを、長さの決定方法によって説明することはできない。(中略)〈長さをさらに精確に測る〉ことを、ひとは、ある対象にもっと近づくことと比較したがる。しかし、(中略)ひとは、長さの何たるか、決定することの何たるかを学ぶことによって学ぶのではない。そうではなく、『長さ』という語の意味を、ひとはとりわけ長さの決定ということがどういうことなのかを学ぶことによって、学ぶのである。」
と書いていることから、この意図は十分読み取れる。
参考文献;
ウィトゲンシュタイン(藤本隆志訳)『哲学探究(ウィトゲンシュタイン全集8)』(大修館書店)
N・R・ハンソン(野家啓一・渡辺博訳)『知覚と発見』(紀伊国屋書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95