「あまのじゃく」は、
天邪鬼、
天邪久、
などと当て、昔話「瓜子姫」などに出てくる、
他人の心中を察することが巧みで、口まね、物まねなどして人に逆らい、人の邪魔をする悪い精霊、
とされる(広辞苑・岩波古語辞典)が、
妖怪(ようかい)とも精霊とも決めがたい、
ともある(日本大百科全書)。「瓜子姫」の話は、
子宝に恵まれない老夫婦が川で拾った瓜から小さな女の子が生れる。美しく成長したのち、殿様の嫁に望まれるが、あまのじゃくが老夫婦の留守中に姫を木に縛りつけ、嫁入りを妨げる。しかし鳥がそれを助け、姫は無事に嫁入りをし、幸福な結末を得る、
といった筋だが、別に、
東日本ではじいさんとおばあさんが町に買い物にでている間に天邪鬼にだまされて、連れ去られ殺されてしまうという結末になっているものが多いが、言葉巧みに柿の木に上らされ墜落死するという筋のものや、ただ殺されるのみならず剥いだ生皮を天邪鬼がかぶり、着物を着て姫に成りすまし老夫婦に姫の肉を料理して食わせるといった陰惨な話も伝えられる。西日本では対照的に、木から吊るされたり降りられなくなっているだけで死んではおらず、助けられるという話になっていることが多い、
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%82%8A%E3%81%93%E3%81%B2%E3%82%81%E3%81%A8%E3%81%82%E3%81%BE%E3%81%AE%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%8F)等々様々のバリエーションがある。しかし、「あまのじゃく」は、
神の計画の妨害者であり、しかも通例は「負ける敵」、
で、
意地が悪くて常に神に逆らうとはいうものの、もとより神に敵するまでの力はなく、しかも常に負けるものの憎らしさと可笑味とを具えていた、
とあり(柳田國男「桃太郎の誕生」)、
神の引き立て役、
で(日本昔話事典)、その特徴を、第一に、
彼の所行というものが、いつの場合にもぶち壊しであり、また文字通りの邪魔であって、いまだかつてシテの役にまわったことはなく、相手なしには何事も企てていないこと、
第二に、
彼の存在がただ興味ある語りごとの中にのみ伝わっていること、
第三に、
その事蹟が、憎らしいとは言いながらも常に幾分の滑稽をおびていたこと、
を挙げている(柳田・前掲書)。昔話、民話では、アマノジャクの代わりに、
山母(やまはは)、
山姥(やまうば・やまんば)、
とされたり、近世には、
アマノジャクもまた山の神、
とされたりしたが、この混同は、
山の反響が人の声を真似るのを、……土地によってこれをヤマンボともいえば、あるいはまたアマノジャクともいう、
ということかららしく、「あまのじゃく」も、
山の中の魔物、
とひとくくりにされ、
アマノジャクの方が原(もと)の形、
であろうと推定している(仝上)。
(「天邪鬼」(十返舎一九) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%82%AA%E9%AC%BCより)
「あまのじゃく」は、
アマノザコ、
アマノジャコ、
アマンジャク、
アマノザク、
アマンジャメ、
アマノジャキ、
アマンシャグメ、
アマノサグメ、
などとも言い(精選版日本国語大辞典・日本昔話事典)、古事記の、
(天若日子が葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかったため、使者として遣わされた)鳴女(なきめ)、夫より降りて、天若日子(あめわかひこ)の門に居て、天神(あまつかみ)の詔を告(の)る、「天佐具間(あまのさぐめ)、聞此鳥言而語天若日子言、此鳥者、其鳴音甚惡、故可射殺云進(いひすすむ)」(鳴女は、天神の御使の雉の名なり)、
にある、
天佐具間(あまのさぐめ)、
あるいは、神代紀の、
天探女、此云阿麻能左愚謎(あまのさぐめ)、
の、
天探女(あまのさぐめ)の転、
とされる(広辞苑・大言海・岩波古語辞典・壒嚢抄・俗語考等々)。確かに、『日本書紀』の注釈書『日本書紀纂疏』(にほんしょきさんそ 一条兼良)には、
稚彦(わかひこ)之侍婢也(口訣(口伝)「天探女者、従神讒女也」、
とあり、
忌部家古説に、探女、探他心多邪思也、
ともあるので、
少なくともその名称は神代史の天之探女を承け継いだものということはまず確か、
とされる(柳田・前掲書)が、しかし、
難波高津は、天稚彦、天降りし時、屬(つ)きて下れる神、天探女、磐船に乗て爰に至る、天磐船の泊つる故を以て、高津と號(なづ)く、
ともあり(万葉代匠記)、
「天之探女の何物であるかが、きわめてうろんであったことも昨今のことではなかった。『日本書紀』の一書にはこれを国神(くにつかみ)と記しているのに、『倭名鈔』は鬼魅(きみ)類に編入している。後世の諸註にもあるいはこれに従神(じゅうしん)といい、また天稚彦(あめのわかひこ)の侍女であったと解しているが、果たして万葉集の歌(久方の天之探女之石船(いはふね)の泊てし高津は浅(あ)せるにけるかも)の歌にあるごとく、石船に乗って天降った神ならば、國神であったはずはないので、つまりは今あるわずかな記録ばかりでは、どうしてもその本体を突き留める途がなかった」
としている(柳田・前掲書)ように、「天探女」の実像ははっきりしない。ただ、「あまのさぐめ」の語源が、
ザグはサグル(探)の語根(古事記伝・大言海)、
サグはこまっしゃくれるという意のサクジルと同義(俚言集覧)、
サグメは巫女の名であろう(日本古語大辞典=松岡静雄)、
とあるなど、その名が表すように、
天の動きや未来、人の心などを探ることができるシャーマン的な存在、
と見られ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%82%AA%E9%AC%BC)、天探女の、
他者の邪念を探ってそそのかしたことから、人の意向に逆らう邪悪な存在、心理を表す、
という意の言葉に転じ、
何事でも人の意に逆らった行動をすること、またその人、
を指すようになっていったと思われる(日本語源大辞典)とある。それ故、
瓜子姫譚を始め数多くの民間説話にも、負け滅びる悪役や、相手の意に逆らう悪戯者として登場するが、特に、他者の意を測り(サグル)、それを模倣する(モドク)ことで相手に違和感や反発を覚えさせる型のものが、上代神話の天探女と、人に逆らう、素直でないものという現在の意味と連なる、
とされている(仝上)。日葡辞書(1603~04)には、
アマノザコAmanozaco――ものをいうといわれる獣(けだもの)の名。また出しゃばって口数の多い者、
とあり、「あまのじゃく」というものから、ちょうど、そのことばが、意味として分離しつつある過渡と見える。
(多聞天の足下に踏みつけられている天邪鬼(西大寺蔵) 精選版日本国語大辞典より)
むしろ、「あまのじゃく」イメージは、民間に広まった説話・伝承の影響の方が大きいのかもしれない。
かつては莖一面についていた五穀の実をしごいて穂先だけちょっぴり残したのも、
田畑に雑草の種、野山には人の困る茨の種をまいて歩いたのも、
一年中しのぎやすい気候だったのに夏冬をつくったのも、
橋や池の完成を邪魔して妨げたのも、
赤い根の穀物、菜類は、人間にはもったいないと手でしごいて赤くしたのも、
すべて「あまのじゃく」のしわざであった。こうして「あまのじゃく」は、
百姓の讐(かたき)、
となる(柳田・前掲書)。だから、
九州の方では毘沙門天、東国ではまた路の傍の庚申さんが、足下に踏みつけられている醜い石の像を「あまのじゃく」と思っている者はおおいのである、
とある(仝上)。仏教由来の「あまのじゃく」とされるものは、
毘沙門の鎧の前に鬼面あり。其名如何常には是を河伯面と云。……或書に云。河伯面、是を海若(アマノジャク)と云(「壒嚢鈔( あいのうしょう 1445~6)」)
とあるように、人間の煩悩を表す象徴として、
四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)や執金剛神(金剛杵を執って仏法を守護する)に踏みつけられている悪鬼、
また、
四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面、
とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の、
河伯(かはく 海若とも)、
という水鬼に由来し(『荘子』秋水篇)、同じ中国の水鬼である、
海若(かいじゃく)、
が「あまのじゃく」と訓読されるように、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった、とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%82%AA%E9%AC%BC・日本大百科全書)。なお、「執金剛神」については、「那羅延」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/486035712.html)で触れたし、「庚申」については「庚申待」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488918266.html?1655318574)で触れた。
(煩悩を踏みつけられている様とされる、四天王や執金剛神に踏みつけられている「天邪鬼」 http://honmonoyoukai.seesaa.net/article/433609387.htmlより)
(天邪鬼を踏みつける庚申の本尊「青面金剛」 https://arukunodaisuki.hamazo.tv/e8533905.html)
江戸時代の『和漢三才図会』では或る書からの引用として、
スサノオが吐き出した体内の猛気が天逆毎(あまのざこ)という女神になった、
とあり、これが、
天邪鬼
や
天狗、
の祖先としている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%82%AA%E9%AC%BC)。
(「天逆毎」(鳥山石燕『今昔画図続百鬼』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%80%86%E6%AF%8Eより)
天逆毎(あまのざこ)は、
スサノオが体内にたまった猛気を吐き出し、その猛気が形を成すことで誕生したとされる。姿は人間に近いものの、顔は獣のようで、高い鼻、長い耳と牙を持つ。物事が意のままにならないと荒れ狂う性格で、力のある神をも千里の彼方へと投げ飛ばし、鋭い武器でもその牙で噛み壊すほどの荒れようだとされている、
とし(和漢三才図絵)、鳥山石燕は、『今昔画図続百鬼』に、それを引用して、
或る書に云ふ、素戔嗚尊は猛気胸に満ち、吐て一の神を為す。人身獣首、鼻高く耳長し。大力の神と雖も、鼻に懸て千里を走る。強堅の刀と雖も、噛み砕て段々と作す。天の逆毎(ざこ)と名づく。天の逆気を服し、独身にして児を生む。天の魔雄(さく)と名づく、
と記す。天魔雄(あまのさく)は、後に、
九天の王となり、荒ぶる神や逆らう神は皆、この魔神に属した。彼らが人々の心に取り憑くことによって、賢い者も愚かな者も皆、心を乱されてしまう、
されている(先代旧事本紀大成経)。ただ、この記事は、『先代旧事本紀大成経』に依ると思われるが、同署は偽書とされており、これに基づいたとみられる『和漢三才図絵』の記述は、疑わしいとみられている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%80%86%E6%AF%8E)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
稲田浩二他編『日本昔話事典』(弘文堂)
柳田國男『桃太郎の誕生』(ちくま文庫)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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