「けんけん」は、辞書(広辞苑)を引くと、
件件(あの件、この件)、
娟娟(うるわしいさま、しなやかなさま)、
涓涓(小川など、水が細く流れるさま)、
眷眷(いつくしんで目をかけるさま、ねんごろに思うさま)、
拳拳(ささげ持つさま、うやうやしくつつしむさま)、
喧喧(やかましいさま、がやがや)、
蹇蹇(なやみ苦しむさま、忠義を尽くすさま)、
等々同音異議の言葉が並ぶが、ここでは、子どもの遊びの、片足でぴょんぴょん跳ぶ、
片足跳び、
の意の「けんけん」であるが、「けんけん」には、
犬や雉などの鳴き声、
の擬音語、
や、日葡辞書(1603~04)に、
Qenqẽto(ケンケント)モノヲイウ、
と載るように、
つんけん、
と同義で、
つっけんどんなさま、
無愛想なさま、
の意もある(仝上・大辞林)。その他に、相撲の手の一つ、
「掛投げ」の俗称、
としても言われる(「相撲講話(1919)」)。
片足跳びの「けんけん」は、
上方から広がった新しい言い方、
とあり(大阪弁)、
片足を上げることから、犬芸のちんちんはここからきている、
とも(仝上・擬音語・擬態語辞典)、
関西畿内の方言、
とも(隠語大辞典)あり、柳田国男は、
京都を中心とする新しい文化の発信地から次第に列島の南北にその文化の波が伝播し新旧の言葉が同心円状に分布する、
という考えを提示している(「シンガラ考」)。確かに、江戸語大辞典には、「けんけん」は載らず、
東京でももともとは「ちんちん」と言った、
とあり(大阪弁)、福沢諭吉も、
東京にて子供の戯に片足を揚げて片足にて飛ぶ、之を称してチン/\モガ/\と云ふ、
と、明治30年(1897)に言っている(田端重晟宛書簡)が、江戸時代から、
ちんがちがちがちんがらこ、走り走り走り着きて(明和六年(1769)「隈取安宅末(長唄)」)、
と、
ちんがらこ、
とか、あるいは、
ちんちんもんがら、チンガラコとも云、一足にて躍り行を云(江戸中期(1795以降)「俚言集覧」)、
と、
ちんちんもんがら、
とか、あるいは、「ちんちんもがら」の転訛で、
足を上げてふるっても踵へぴつたりくつ附いて放れぬゆゑ、ちんちんもぐらではねてゐる足元へ(安政四年(1857)「七偏人」)、
と、
ちんちんもぐら、
ちんちんもぐらこ、
といい(江戸語大辞典・精選版日本国語大辞典)、さらに、
ちんちんがいこ、
とも訛り、
ちんぐらはんぐら、
ちんちんまごまご、
とも言い、
略して、
ちんちん、
といった(仝上)。
「けんけん」の語源は、
蹴る蹴るの転か(あるめり、あんめり。なんてん、なるてん)(大言海)、
足踏の音からか(綜合日本民俗語彙)、
とあるが、どうだろう。
片足飛びの所作は、かつて戦場等で実際に必要とされた武術の一種であったが、やがて子供がそれをまねて自分たちの遊びに取り入れていったと考えられている。万一、戦さの場で片足を負傷した場合でも、この片足飛びの技を身につけていれば敵から逃れることも可能であった。また負け戦さで退却する軍の最後尾について決死の覚悟でなんとか味方の友軍を守る役割を担うことをシンガリ(殿)をつとめるというが、この言葉もやはり片足飛びを意味するチンガラやシンガラ系統の方言のーっとされている、
と、片足飛びを、
しんがら、
とする説がある(飯島吉晴「『片足飛び』遊びの呼称とその意味」)。確かに、柳田國男は、
(片足飛びをシンガラまたはチンガラと呼んだのは)単なる童詞の章句に依るといふ以上に、最初は一本足の足踏みの頭に響く感覚を、誰かが始めて斯くの如く形容し、それを成程と承認した群が、段々に其使用を流行させたので、発生の過程はほぼ他の色々の民間文芸、例ば諺や小唄なども同じであった、
とし、
郷里の播州中部(兵庫県福崎町)では、かれの子供時代まで、
ジンジン、
という言葉と、
ケンケン、
という言葉とが併存していたとしている(柳田・前掲書)。
チンガラ、
シンガラ、
は、こう見ると、「頭に響く感覚」(柳田)なのかどうかは別にして、
擬音語、
あるいは、
擬態語、
に由来するのではないかという気がする。
これと類似する、
チンチン(吉野)、
チンチンガエコ(大垣)、
チンココ(遠州)、
チンギリコッコ(甲州)、
シンシンサ(横手)、
などという分布をみると、江戸の、
ちんがらこ、
ちんちんもんがら、
ともつながってくる(仝上)。で、
チンギリコッコ、
の、コッコは、鬼ゴッコのゴッコと同じく真似または仕草の意味で、
事(コト=儀式・行儀)を子供が訛って発音した言葉、
で、他地方でナンゴやナゴという遊戯やナドという類例を意味する言葉とも同じもの(仝上)、とある。柳田國男によれば、
チンギリ、
チンギリコ、
シンガリコ、
チンガラ、
チンギチョンギ、
チンガラポツチャ、
チンキリカイコ、
チンココ、
チンチンコロ、
等々といった「チンガラ系統」とされる方言に、江戸の、
ちんちんもんがら、
は含まれ、かつて子供たちは、
ヅンガラモンガラとかチンコロマンコロ、あるいは「しんがらかいたからかいたお寺の前でからかいた」などと唱えながら、片足遊びをしていた、
とみられるとする(仝上)。他方、
けんけん、
は、
ケンケンパタ(伊豆賀茂郡)、
アシケンケン(常陸)、
ケンチョケンチョ(下総)、
テンテンカラカラ(上総)、
ケッケナゲ(江刺)、
ケンケンパネ(気仙)、
ケンケンブツ(越中)、
ケンケンツクック(伊勢)、
などに分布、
京都を包含し、しかもチンガラ区域を南北から囲緯して、
山城、近江、阿波、岡山、山口、壱岐、越中、伊豆、
に広がる。新たに「けんけん」が全国を席巻する中で、折衷的に、
アシケンケン、
アシコンコン、
が千葉、茨城、埼玉など関東地方の一部に、
イッケンケン、
イケンチョ、
が、伊勢や近江などに、また、全く別由来で、
ギッチョ、
ギッチョンチョン、
という呼び名が名古屋や広島などに見られる、とある(仝上)。これは、今日差別用語として禁じられている、跛行を意味する「びっこ」とか「ちんば」に由来するとみられる。しかし、全国的にいうと、
けんけん、
が今日標準化してしまったのかもしれない。
ただ、今日よく、
けんけん、
は、
石けり、
と同義で使われているが、これは、明治時代以降に欧米諸国から輸入された、
「ホップスコッチ Hopscotch」系の遊び
から派生したもので(仝上・http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/warabeuta/ishikeri-game.html)、昭和期に流行し、昭和40年代頃まで人気があったし、
けん→片足、ぱ→両足、
の、
けんぱ、
けんけんぱ、
ちょんぱ、
ちんぱっは、
などと呼ばれる遊びも、やはり明治時代にヨーロッパから伝わったもので、昭和40年代ごろまで子どもたちのあいだでとても人気があり(仝上)、「けんけん」が、片足跳びの名称として定着していったのには、
石けり、
や
けんぱ、
の定着があずかっていると思える。
参考文献;
飯島吉晴「『片足飛び』遊びの呼称とその意味」(https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/3209/KOJ000802.pdf)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95