2022年07月05日

もどる


「もどる」は、

戻(戾)る、

と当てる(広辞苑)が、

帰る、

とも当てる(大言海)ように、意味は、大きく二つのようだ。ひとつは、

筑紫舟恨みをつみてもどるには葦辺に寝てもしらねをぞする(平安末期の私家集「散木奇(さんぼくき)歌集」)、

と、

ある場所からいったん移ったものが、もとへかえる、

意と、

また水に戻るも早し初氷(「俳諧古選付録(宝暦十三年(1763))」)、

と、

以前の状態に復する、

意とがある(日本語源大辞典)。前者は、

来た道を戻る、

と、

進んだ方向と逆の方向へ引き返す、

意や、

ただいま戻りました、

と、

帰宅する、

意になり、後者の意では、

貸した金が戾る、

という言い方や、

夜業(よなべ)さしよにもこの油の高さでは、儲ける程皆戾る(浄瑠璃「女腹切」)、

と、

得た利益がなくなる、

意で使う(広辞苑・デジタル大辞泉)。

「もどる」は、

モドは、モドク(擬)・モヂル(捩)と同根、物がきちんと収まらず、くいちがい、よじれるさま、

とあり(岩波古語辞典)、

もとる(悖る)と同根、

ともある(仝上)。しかし、

モトホルの転、

ともある(広辞苑)。柳田國男は、「戻る」には、

元来引き返す、遁げて行くという意味はなかったように思います。漢字の戻も同様ですが、日本語の「戻る」という語は古くは「もとほる」といって、前へも行かず後へも帰らず、一つ処に低徊していることであったのです、

と指摘した(「女性と民間伝承)上で、いわゆる「戻橋」についても、

橋占、辻占を聴くために、人がしばらく往ったり来たりして、さっさと通ってもしまわぬ橋というのでありました、

ことを傍証として挙げている(仝上)。

「もとほる」は、

廻る、
徘徊、

などと当て(岩波古語辞典・大言海)、新撰字鏡(898~901)に、

邅、毛止保留(もとほる)、

類聚名義抄(11~12世紀)に、

紆、モトホル、マツフ・メグル、
纏、マツハル・モトホル、

色葉字類抄(1177~81)に、

繚、モトヲル、繞、旋、

等々とあり、多く、それを説明する漢字が、

邅(テン めぐる)、
紆(ウ めぐる)、
纏(テン まとう、まつわる、からまる)、

と、

よじれる、
くいちがう、

意ではなく、

めぐる、

や、それからの派生と思われる、

からまる、

の意としていたと見え、

神風の伊勢の海の生石(おひし)に這ひ廻(もと)ろふ細螺(しただみ)のい這ひもとほり撃ちてし止まむ(古事記)、

と、

ぐるぐると一つの中心をまわる、
めぐる、
まわる、

という意味である(岩波古語辞典・大言海)。また、

モトホルに反復・継続の接尾語ヒのついた形の、

大石に這ひもとほろふ細螺(しただみ)(仝上)、

と、

母登富理、
茂等倍屡、

とあるのを、「もとほる」ではなく、

と、

母登富呂布、

もとほろふ、

とし(仝上)、同じ歌を、どちらとも訓んでいる。

いずれにしても、

ぐるぐる回る、

意である。「もどる」と同根とされる「もぢる」は、

舞ふべき限り、すぢりもぢり、ゑい声を出して(宇治拾遺物語)、

と、

ねじる、
よじる、

意であるし、同じく「もどく」は、

狙った所、収まるべき所に物事がきちんと収まらず、はずれ、くいちがうさま、

とあり、

この七歳なる子、父をもどきて、高麗人(こまうど)と文を作りかはしければ(宇津保物語)、

と、

似て非なる真似をする、まがえる、

の意や、

世の人に似ぬ心の程は皆人にもどかるまじく侍るを(源氏物語)、

さからって非難する、
とがめる、

意で、色葉字類抄(1177~81)にも、

嫌、もどく、反謗也、

とあり、どうも「もどる」とは語感が異なる気がする。

「もどく」を、

戻るの他動詞、戻り説くの意、

とし、

避難する、
逆らう、

意とし、上記宇津保物語の、

この七歳なる子、父をもどきて、高麗人(こまうど)と文を作りかはしければ(宇津保物語)、

を上げている(大言海)のは、「もどる」との関係から見ると、これなら意味はつながる。

いずれにせよ、「もどる」の意味からすれば、

モト(元・本)へ帰る意(和句解・国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健)、
本取るの意(大言海)、
元+ル、元を活用させた語。もとの状態に帰る意(日本語源広辞典)、

といった説までが、語源としては、意味が通る気がする。

「戾」 漢字.gif



「戻」  漢字.gif


「戻(戾)」(漢音レイ、呉音ライ)は、諸説があり、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

会意。「戸」+「犬」、犬が扉の下で体を曲げるさまで曲がったこと、

とあるが、藤堂説は、

会意。「戸(とじこめる)+犬」で、暴犬が戸内にとじこめられて暴れるさまを示す。逆らう意から「もとる」という訓を派生した、

とあり(漢字源)、白川(静)説は、

扉の下に生贄の犬を埋めた呪術、

とするhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%BE

いずれも禁忌を意味。音は「辣(ラツ)」「剌(ラツ)」に通ずる。「もどる」「もどす」に当てるのは日本のみで、これは、訓読「もとる」に引かれたものか、

とある(仝上)。確かに、「暴戾」(荒々しく、道理に反する行い)「乖戾」(道理に反している)と「悖る」意や、「鳶飛戾天」(鳶飛ンデ天ニ戾ル)と、「はげしく動いてやっと届く」といった意味があり、「もどる」に当たる意味はない。

別に、

会意。戶と、犬(いぬ)とから成り、犬が戸の下を身をくねらせてくぐりぬける、転じて「もとる」「いたる」意を表す(角川新字源)、
会意。(戶(戸)+犬)。「片開きの戸」の象形と「耳を立てた犬」の象形から戸口にいる犬を意味し、そこから、「あらあらしい」、「そむく(もとる)」を意味する「戻」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1395.html

といった解釈も、「もとる」の意味の説明しかない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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