2022年07月06日

しのぶもじずり


陸奥(みちのく)のしのぶもぢずり誰(たれ)ゆゑに乱れそめにし我ならなくに(古今集)、

とある、

「しのぶもじ(ぢ)ずり」は、

忍綟摺り、
信夫綟摺り、

と当てる(大言海・学研全訳古語辞典)が、

信夫文字摺、

とも当てたりする(柳田國男「女性と民間伝承」)。

しのぶずり(忍摺・信夫摺)、

あるいは、

もじずり(捩摺)、

とも言い(広辞苑)、

しのぶの乱れ、

などともいう(大言海)。

春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず(伊勢物語)、

と、

忍摺り模様の乱れの意から、転じて、ひそかに人を恋い慕う心の乱れ、

の意のメタファとしても使う(岩波古語辞典)。

摺込染(すりこみぞめ)の一種。昔、陸奥国信夫(しのぶ)郡から産出した忍草の茎・葉などの色素で捩(もじ)れたように文様を布帛(ふはく)に摺りつけたもの、

で、

捩摺(もじずり)、

ともいうのは、

忍草の葉を布帛に摺りつけて、捩(もじ)れ乱れたような模様を染め出したもの、

とも、

ねじれ乱れたような文様のある石(もじずりいし)に布をあてて摺りこんで染めたもの、

ともいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

延喜時代より、信夫郡の産物として、陸奥絹の一種の乱れ模様を捺したるを貢ぎしたり、

とあり(大言海)、平安末期の歌学書「和歌童蒙抄」には、

戻摺とは、陸奥の信夫郡にて摺り出せる布なり、打ちちがへて、乱りがはしく摺れり、

とあり、平安末期の歌学書「袖中抄」(しゅうちゅうしょう)には、著者顕昭の注に、

陸奥の信夫郡に、もぢずりとて髪を乱るやうに摺りたるを、しのぶずりと云ふ、

とある。

文知摺(もちずり)石.jpg

(文知摺(もちずり)石 https://www.food-fukushima.jp/mochizuri-kannon-fukushima/

「摺込み染め」というのは、

布や反物の表面に模様を彫った型紙を置いて、染料液・樹脂顔料を含ませた刷毛を用いて染料刷り込んでいく手法、

とありhttp://www.mikisenryouten.co.jp/beginner/technical/tec_surikomi.html)、

再現性が難しい

ともある(仝上)。ただ、

忍草の茎・葉などの色素で捩(もじ)れたように文様を布帛(ふはく)に摺りつける

方法とは別に、

ねじれ乱れたような文様のある石(もじずりいし)に布をあてて摺りこんで染める、

方法が、

文知摺石(別名 鏡石)、

で有名な文知摺観音堂(福島県 http://antouin.com/about/fumonin.html)のある「かわまた織物展示館」で再現された、とあるhttps://www.town.kawamata.lg.jp/site/kanko-event/silkpia-orimono.html)。しかし、顕昭の、

髪を乱るやうに摺りたる、

と言う「しのぶずり」には見えない。

しのぶもじずり(もちずり)の再現実験.jpg

(「しのぶもじずり(もちずり)」の再現実験 https://bqspot.com/tohoku/fukushima/682より)


「忍」 漢字.gif


「忍」 金文・戦国時代.png

(「忍」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%8Dより)

「忍」(漢音ジン、呉音ニン)は、

会意兼形声。刃(ニン・ジン)は、刀の刃のある方を、ヽ印で示した指示文字で、粘り強くきたえた刀の刃。忍は「心+音符刃」で、粘り強くこらえる心、

とあり(漢字源)、「忍耐」「堅忍不抜」と、「つらいことをねばり強くもちこたえる」意の「しのぶ」の意や、「有不忍人之心」(人に忍びざる之心有り)など、堪える意の「しのぶ」の意で、

人に目立たないようにする、

意の「しのぶ」の意は、わが国だけの用例である。当然「忍者」「忍術」という意味も、本来ない。

「綟」 漢字.gif


「綟」(漢音レイ、呉音ライ)は、

形声。「糸+音符戻(レイ)」。訓読みの「もぢる」は、「糸+戻(ねじる)」の会意文字とみて当てた読み方、

とあり(漢字源)、

草で染めた色、萌黄色、またその絹、

の意であるが、我が国では、

もじる、

と訓み、

もじり織、
綟摺り、

等々と使う。

「摺」 漢字.gif


「摺」(漢音ショウ・ロウ、呉音ショウ・ロウ)は、

会意兼形声。習は、羽を重ねること。摺は「手+音符習」で、折り重なること、

とあり(漢字源)、「たたむ」意で、「手摺(シュショウ)」は、折りたたんだ文書の意になる。

する、

意で使うのは我が国だけである。別に、

会意兼形声文字です(扌(手)+習)。「5本指のある手」の象形と「重なりあう羽の象形と口と呼気(息)の象形」(「繰り返し口にして学ぶ」、「重ねる」の意味)から「(手で)折りたたむ」を意味する「摺」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2469.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:01| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください