2022年07月07日

神話への隘路


柳田國男「桃太郎の誕生(柳田国男全集10)」を読む。

桃太郎の誕生.jpg


本書は、

桃太郎の誕生、

の他、

女性と民間伝承、
竜王と水の神、

が所収されている。片や、桃太郎という「小さ子」説話から、昔話、伝説を縦横に遡り、古代の水の神信仰へとたどり着き、片や全国にちらばる和泉式部由来という伝承の地の比較検討から、その話を全国に持ち歩いた女性を通して、「歌占人」へと至り着く、という壮大な伝承の空間を再現しようとしている。

その縦横にくり広げられる仮説に裏打ちされている膨大な知識と情報に圧倒されるばかりである。「桃太郎」の「改版にさいして」で、

「この書に説くがごとき昔話の起源論、これと中間の成長発達とを、二つに引き離して見ようとする方法論は、まだ諸外国の通説とはなっていないようである。そうしてやや大雑把な私の検討では、まだ明白にこれらの仮定を、覆えすような資料は発見されていない。」

と、自身の「昔話」を発展段階を通して訴求していく方法に自信を見せている。とくに、日本では、説話と伝説と神話が、

三つ巴になって交錯、

し、「神話」も、

「數も少なく出現の機会も稀であり、また非常に荒れすさみかつ不純になってはいるが、とにかくこれらの伝説と民間説話へ、移り動いて往った足取りだけは見られる。それにはこの異類求婚譚、その中でもことに蛇の婿入りの話などが、かなり豊富に手頃の材料を供するかと思う。」

とし、桃太郎の昔話も、その原型は、蛇婿入譚のように、目に見える形で残されていないにしても、昔話成長の三つの変化、つまり、

一、 説話が上代において夙く芸術化し、そのやや成熟した形において弘く流伝していたもの、たとえば死人感謝譚や紅皿欠皿話、
二、 説話の信仰上の基礎がまったく崩壊せず、従ってこれを支持した伝説はもとより、その正式の語りごとがなお幽かながら残っていたもの、たとえば蛇婿入りのごとき一部の異類求婚譚、
三、 説話が近世に入って急に成長し、元の樹の所在は不明になったが、まだその果実の新鮮味をうしなわぬもの、たとえば桃太郎・瓜子姫説話の類、

の、「二種類三様式の説話が、入りまじってともに行われているということ」は、比較研究にとって便利だとし、江戸時代五大御伽噺(桃太郎・猿蟹合戦・舌切り雀・花咲爺・カチカチ山)に整理選択された中の「桃太郎」も、「少なくとも桃太郎と同時に並び行われ、九州中国にも稀に伝わり、東日本はほとんど到る処に保存せられている」、

瓜子姫、

の説話が童話化の潤色をうけずにあるのを比較しつつ、

桃と瓜、

という、

「元はおそらく桃の中から、または瓜の中から出るほどの小さな姫もしくは男の子」、

であり、

人間のはらからまれず、

しかも、

急速に成長してひととなった、

という、

小さ子(ちいさご)物語、

の骨子が引き出され、それは、

竹取物語、
一寸法師、

とも近く、『諸社根元記』の「倭姫古伝」にある、

姫が玉虫の形をして筥(はこ)の中に姿を現じたまふ、

と繋がっていく。「桃」や「瓜」の流れてくる川上の峰々はそこから下り給う神々の坐す場所であり、

「白蘞(かがみ)の皮で作った舟に乗り、鷦鷯(ささき)の羽衣を着て、潮のまにまに流れ寄った」

という「小男(おぐな)神」の物語と比べ合わせると、

「最初異常に小さかったということが、その神を尊くまた霊ありとした理由」

ではないか、と推測していく。それは、たとえば、

小犬が川を流れてくる、

とする「犬子噺」ともつながり、その犬が殺されて、その跡から木が生える話は、花咲爺につながり、その犬が「桃」のように川上から流れ着いたというのも、桃太郎と無縁ではなく、さらに流れてきた鳥籠に雀が入っていて、と舌切り雀につながったりと、

五大噺が互いに関係がある、

とまで推測していく。

「昔話の英雄の異常な出現、すなわちただの女の腹から生れなかったということと、同時にその普通でない成長のし方であるが、人が昔話は作り事、どうせありもせぬことをいうのだと思うようになって、かえってこの要件には重きを置かぬ結果を見た。しかも前代の常識においては、これほど人を感動させることはなかったので、ある一人の童子が誰にも予期し得ぬような難事業に成功したとすれば、それは必ず生まれから違っていたろうと思い、もしくはそれと反対に、不思議の誕生をするくらいの人間だから、鬼ヶ島の宝でも取ってこられたのだと解する風が、我々の祖先には行き渡っていた。従うて蟹や雀の大勝利という話が、かつては発端において桃太郎とよく似ていたとしても、必ずしも奇怪でなくまた混乱でもなかったと思う。その上に人が時あって異類に転身し、もしくは鳥獣草木の姿を具えつつも、人と同じく思惟し咏歎し得たということも、きわめてありふれたる上代人の考え方であった。桃や瓜の中からでさえ生まれると認められた者が、しばらくは小蛇・小犬の形をもって我々の間にいたとしても、それだけが特に不可思議というほどでもなかったのである。だからこのいわゆる五大噺の相互の類似なども、事によるとそれがある一つの根幹から、岐れて変化して行った経路を暗示する、偶然の痕跡であるかも知れぬと私などは思っている。」

そして、「小さ子」説話の、

田螺の長者、
一寸法師、

を経て、

「小さ子」説話の背後に水の神の信仰を見出そうとして行く。たとえば、「桃太郎」で、桃を拾い上げるのに直接関係のない、

爺が山へ柴苅りに行く、

と何気なく語られていることが、

柴苅爺の話、

にある、町に柴を売りに行ったが売れず、その柴を水底に向かって投げ込んだところ、その川ないし淵から美しい女性が出てきて、柴の礼を言い、水底へ導かれていくと、投げ込んだ柴がきちんと積み重ねてあった、という説話とつながり、

竜宮、

とつながっていた古い信仰の痕跡ではないか、と推測する。日本人にとっての「竜宮」が、いずれの国とも異なり、

妣(はは)の邦、

であり、

「ひとり蒼海の消息を伝えた者が、ほとんど常に若い女性であったというに止まらず、さらにまた不思議の少童を手に抱いて、来たって人の世の縁を結ぼうとした」、

のである(「竜宮」http://ppnetwork.seesaa.net/article/488132230.htmlについては触れた)。ちょうど、

河童、

が、

小さ子たる水神童子の零落した姿、

であるように、かつての信仰の翳がつきまとっていることは間違いない。

こうしたキーワードを手掛かりに深い深層を探っていく方法は、「女性と民間信仰」でも同じで、全国各地に伝わる和泉式部の墓や伝承を対比しつつ、「歌……に相応な解釈を付けて、神々の思召しのごとく説き聴かせる」、

歌占人(うたうらびと)、

の女性にたどり着く。そして、

「少なくとも和泉式部の諸国の伝説の、主要なる特色の一つであった親子再会譚は、舞踏と深い関係があった上に、また歌占とも因縁をもっております。」

と書く。

こうした仮説がどの程度検証されているのかは素人の自分には窺えないが、その視界の幅のひろさと奥行きの深さを、今日どれほどの人が追いかけられるものなのか、とため息が出る。

なお、柳田國男の『遠野物語・山の人生』http://ppnetwork.seesaa.net/article/488108139.html、柳田國男『海上の道』http://ppnetwork.seesaa.net/article/488194207.html、『妖怪談義』http://ppnetwork.seesaa.net/article/488382412.html)、『一目小僧その他』http://ppnetwork.seesaa.net/article/488774326.htmlについては別に触れた。

また、石田英一郎『桃太郎の母―ある文化史的研究』http://ppnetwork.seesaa.net/article/456362773.htmlについても触れた。

参考文献;
柳田國男「桃太郎の誕生他(柳田国男全集10)」(ちくま文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 02:56| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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