しとぎ
「しとぎ」は、
粢、
糈、
と当て、
神前に供える餅の名、
とある(広辞苑)が、「山神祭文」に、
今日山に入らず、明日山に入らずとも、幸ひ持ちし割子を、一神の君に参らせん。かしきのうごく、白き粢の物をきこしめせとてささげ奉る、
とある(柳田國男「山の人生」)。
古くは水に浸した生米をつき砕いて、種々の形に固めた食物。後世は、糯米(もちごめ)を蒸し、少し舂(つ)いて餅とし、楕円形にして供えた、
とあり(仝上・大辞泉)、古代の米食法で、
生で食べるという点から、餅(もち)以前の正式の米の食法、
とされ(日本大百科全書)、
しとぎ餅、
ともいい(仝上)、
粢餠(しへい)、
し、
とも、また、卵形の形状から、
鳥の子、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。地方によっては、
しろもち(白餅)、
からこ、
おはたき、
なまこ、
等々とも呼ぶ(世界大百科事典)。津軽地方では、
神棚には不浄火が混じるのをきらい、生のしとぎを供えたと言われています。神棚に供した後、いろりの熱灰をかけて焼いて食べた、
とある(https://www.umai-aomori.jp/local-cuisine/about-local-cuisine/shitogimochi.html)。
「団子」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/475567670.html)で触れたように、「しとぎ」は、
中に豆などの具を詰めた「豆粢」や、米以外にヒエや粟を食材にした「ヒエ粢」「粟粢」など複数ある。地方によっては日常的に食べる食事であり、団子だけでなく餅にも先行する食べ物、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E5%AD%90)。ただ、東北地方北部では、
年中行事において神の去来を示すとき、
に神供として用いることが多いが、静岡県沼津市付近では、
疫病神を送るとき、
しとぎを用いている。
地の神、田の神を送るとき、
に神供とする地方もある。四国・九州地方では、
死の直後死者の枕元(まくらもと)に供える白団子をしとぎとよんでいる。あるいは死者に供える団子だけをしとぎとよぶ所もある、
とあり、しとぎを供えることによって死者として確認するのである。また、しとぎは、
祭りに関与した神人(じんにん)が、これを食することによって神人から常人の状態に戻るとされている、
など、広義の意味の、
生と死の境界時に用いる転生の意義をもつ食物、
といえる(日本大百科全書)とあり、「しとぎ」は、
穀物を火食することを知らぬ時代からの食物とされているが、他方、火の忌みを厳しく考えた時代、火の穢(けがれ)を避ける方法として考えられた食物であったかもしれない、
ともある(仝上)。
和名類聚抄(平安中期)には、
粢餅・粢、之度岐(しとき)、祭餅也、
字鏡(平安後期頃)には、
糈、志止支、
とある。団子状にかためられる「しとぎ」であるが、「団子」は、
穀類の粉を水でこねて小さく丸めて蒸し、または茹でたもの、
をいう。「団子」は、
かつては常食として、主食副食の代わりをつとめた。団子そのものを食べるほか、団子汁にもする。また餅と同様に、彼岸、葬式、祭りなど、いろいろな物日(モノビ 祝い事や祭りなどが行われる日)や折り目につくられた、
とある(日本昔話事典)。柳田國男によると、
神饌の1つでもある粢(しとぎ)を丸くしたものが原型とされる。熱を用いた調理法でなく、穀物を水に浸して柔らかくして搗(つ)き、一定の形に整えて神前に供した古代の粢が団子の由来とされる、
としている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E5%AD%90)。「粢(しとぎ)」が「団子」となったのは、
米の粒のまま蒸して搗いたものをモチ(餅)とよび、粉をこねて丸めたものをダンゴ(団子)といった。団粉(だんご)とも書くが、この字のほうが意味をなしている。団はあつめるという意で、粉をあつめてつくるから団粉といった。団喜の転という説もあるが、団子となったのは、団粉とあるべきものが、子と愛称をもちいるようになったものであろう、
とある(たべもの語源辞典)。「団子」は、
中国の北宋末の汴京(ベンケイ)の風俗歌考を写した「東京夢華録」の、夜店や市街で売っている食べ物の記録に「団子」が見え、これが日本に伝えられた可能性がある、
とされる(日本語源大辞典)。その「団子」の「シ」が唐音「ス」に転訛し、
ダンシ→ダンス(唐音)、
となり、
ダンス→ダンゴ、
と、重箱読みに転訛したともみられる。つまり「団子」は、「しとぎ」を始原とする神饌由来である。
ところで、「団子」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/475567670.html)でも触れたが、
団子、
と
餅、
の違いは、
餅はめでたいとき、
団子は仏事、
にとする所もあるが、この傾向は全国的ではない(日本大百科全書)し、上記のように、
米の粒のまま蒸して搗いたものをモチ(餅)、
粉をこねて丸めたものをダンゴ(団子)、
とする説(たべもの語源辞典)もあるが、
団子は粉から作るが、餅は粒を蒸してから作る」「団子はうるち米の粉を使うが、餅は餅米を使う」「餅は祝儀に用い、団子は仏事に用いる」など様々な謂れがあるが、粉から用いる餅料理(柏餅・桜餅)の存在や、餅米を使う団子、うるち米で餅を作れる調理機器の出現、更にはハレの日の儀式に団子を用いる地方、団子と餅を同一呼称で用いたり団子を餅の一種扱いにしたりする地方もあり、両者を明確に区別する定義を定めるのは困難である、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E5%AD%90)、簡単ではない。もともと、「餅」(漢音ヘイ、呉音ヒョウ)は、中国では、
小麦粉などをこねて焼いてつくった丸くて平たい食品、
つまり、「月餅」の「餅」である。「もち米などをむして、ついてつくった食品」に「餅」を当てるのは、我が国だけである。
餻、
餈、
も「モチ」のことである(たべもの語源辞典)。「餻」(コウ)は、「糕」とも書き、
餌(ジ)、
と同じであり、
もち、だんご(粉餅)、
の意である。「餈」(シ)は、
稲餅、飯餅、
「餅」は、
小麦団子、
とある(仝上)。江戸中期の「塩尻」(天野信景)には、
餅は小麦の粉にして作るものなり、餈の字は糯(もちごめ)を炊き爛してこれを擣(つ)くものなれば今の餅也、餻の字も餅と訓す、此は粳(うるしね)にて作る物なり、
とあり、江戸後期の「嬉遊笑覧」(喜多村信節)にも、
餅は小麦だんごなり、それより転じてつくねたる物を糯(もち)といへり。だんごは餻字、もちは餈字なり。漢土にて十五夜に月餅とて小麦にて製することあり、よりて『和訓栞』に餅をもちひと訓は望飯(もちいひ)なりといへるは非なり、『和名鈔』に「糯をもちのよねと云るは米の黏(ねば)る者をいへり、是もちの義なり。故にここには餻にまれ餈にまれもちと云ひ餅字を通はし用ゆ、
とある(たべもの語源辞典)。つまり、「餅」の字は本来、小麦粉で作ったものであることをわかっていて、日本の糯米でつくるモチの借字として「餅」の字を使った、という経緯があり、もともと「団子」と「餅」の区別は、結構あいまいなのである。
「しとぎ」という言葉の由来は、
米を白くなるまでとぐところから、シロトギ(白浙・白磨・白遂)の略(大言海・和句解・日本釈名・東雅・和語私臆鈔・和訓栞)、
シラトギ(白研)の義(名言通)、
洗米の意のシネトキの略(俚言集覧)、
粉を湿らせてこねる意のシトネルと関係があり、原義は、米を水に浸して粉にする、あるいは粉を水で湿してかたくこねる意(綜合民俗語彙)、
朝鮮語stök(粢)と同源(岩波古語辞典)、
等々ある。是非の判断はできないが、「とぐ」よりも、「こねる」ほうに意味があり、
粉を湿らせてこねる意のシトネルと関係がある、
とする説に与したい。なお、「しとぎ」に当てる。
粢、
と、
糈、
で区別し、「粢(しとぎ)」は、
米粉やもち米から作る、米を粉状にして水で練っただけの加熱しない餅のこと、
だが、「糈」(奠稲、供米、くましね)は、
精米した舂米(つきしね)を神前に捧げるために洗い清めた米、
を指し、そのまま奉じる場合は「粢」と同様に「しとぎ」と言い、
かしよね、
おくま、
ともいう(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3)としている。
なお、「餅」については、「餅」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/474462660.html)、「もち」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/456276723.html?1583742170)、「団子」については、「すいとん」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/481242675.html)、「「団子」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/475567670.html)で触れた。
「粢」(シ)は、
会意兼形声。「米+音符次(ざっととりそろえる)」。もと、粗雑なあら米のこと、
とあり(漢字源)、
精白していない穀物、
の意で、
神前に供える穀物、
をいう(仝上)。六穀、
黍(モチキビ)・稷(キビ)・稲・梁(オオアワ)・麦(まこも)、
の総称でもある(仝上)が、
米でつくった餅、
の意、更に、
穀物でかもし赤くなるので保存した酒、
の意もある(仝上)。
「糈」(ショ)は、
かて(糧)、
の意で、
神前に供える精米、
の意である(字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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