2022年07月17日

腰折れ


「腰折(こしを)れ」は、

奈良坂のさがしき道をいかにして腰折れどもの越えて来つらん(古今著聞集)、

と、文字通り、

年老いて腰の折れかがむこと、

また、

その人、

の謂いだが、それをメタファに、

今めきつつ、こしをれ哥好ましげに、若やぐ気色どもは(源氏物語)、

のように、

腰折れ歌、

の、

和歌の第三句(腰の句)の詠み方に欠点のあるもの、

の意味で使い(広辞苑・岩波古語辞典)、

第三句と第四の句との間の続かない歌(広辞苑)、
第三句と第四句の接続が不都合なもの(岩波古語辞典)、

と、

5・7・5・7・7の第3句目の〈5〉を腰句と呼ぶが、中心となるこの句の出来の可否が作品的価値を左右するところから、腰句が折れた短歌、下手な短歌という意味になる、

とする(世界大百科事典)。

ややもせば、腰はなれぬばかり、折れかかりたる歌をよみいで、えもいはぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、にくくもいとほしくも覚えはべるわざなり(紫式部日記)、

と、

腰のところで、離れてしまうほど、うまく整わない、

といっているhttps://sorahirune.blog.fc2.com/blog-entry-275.htmlのは、つまり、

上の句(かみのく) 上の方の5・7・5の3句 初句+第二句+腰の句、
と、
下の句(しものく) 下の方の7・7の2句 第四句+第五句、

の、関節役が「腰の句」なので、鎌倉中期の歌論書『悦目抄』(藤原基俊)は、

腰折に、あまたの品あり、一には、縁の字を、腰にすゑずして、なまじひに、かたがたにすゑたる也、一には、発句、後句に、物を言ひきりて、腰をば、別々になしたる也、

という。つまり、次へとつなぐ役割なのに、つながらなかったり、発句と、続く後句で、完結してしまっているのを、言っているらしいのだが、江戸後期の百科事典『類聚名物考』は、

本と末との間の細りて続かぬを云ふ。蜂腰(ほうよう)の意に同じ、蜂腰も腰のほそき物なればなり、

とし、江戸後期の『俗語考』(橘守部)は、

(藤原)家隆卿の詞に云、今時の歌は、よき歌といへども、皆、腰の句、折れたり、古の歌の腰の彊く続きたるを見れば誇りがたし、

と書き、鎌倉時代の歌論書『無名抄』(むみょうしょう 鴨長明)は、藤原俊成の、

夕されば、野辺の秋風、身にしみて、鶉(うずら)鳴くなり、深草の里、かの歌は、夕されば、野辺の秋風、身にしみてといふ腰の句の、いみじう無念におぼゆる也、

と書く。

鶉鳴くなり深草の里、

と続く下句は、『伊勢物語』(123段)の、

深草に住みける女を、やうやう飽きがたにや思ひけむ、

と、

年を経て住みこし里を出でていなばいとど深草野とやなりなむ

と詠み、女は、

野とならば鶉となりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ

と、答えたというエピソードをふまえている。歌のことはよくわからないが、

夕されば、野辺の秋風、身にしみて、

で、

物を言ひきりて、腰をば、別々になしたる(悦目抄)、

と見えなくもない。で、

腰折れ、
あるいは、
腰折れ歌は、

下手な歌、

の意味となる。ただ、歌人でもあった柳田國男は、こう書いている。

「和歌に腰折れという批評の意味が、少しばかり昔は今と違っていた。即ち、下手は下手でも目的のある下手、とぼけて笑わせて落ちを取ろうという趣旨で、わざと様式を破り用語を慎まず、自ら柿の本の正統に対立して、栗の本と名のるほどの勇敢さであった。これを歌道の上から無心と名づけたのは、多分は万葉期の無心所着歌(こころのつくところのなきうた)の伝統を認めたもので、連歌などの集会は帰って有心一式のものよりは、しばしば栗の本の無心に腰を折らせた方が興味が濃(こま)やかであった」

と(「笑の文学の起源」)、定家流の有心意識に対する無心の技巧という面もあったとしているのは興味深い。

「腰折れ」は、

下手な歌、

の代名詞だが、あえて、自詠の歌を、

事よろしき時こそ、こしをれかかりたる事も、思ひ続けけれども、かくも、云ふべきかたも覚えぬままに、
かけてこそ 思はざりしか この世にて しばしも君に わかるべしとは
いとど人めも見えず、さびしく心ぼそくうちながめ(更級日記)、

と、

謙遜して

言う場合にも使う。

百人一首.jpg

(百人一首 https://shikinobi.com/hyakuninisshuより)

わづかなる腰折れ文作ることなど習ひはべりしかば(源氏物語)、

の、

腰折れ文(ぶみ)、

も、

下手な文章、

の意にも、また、

自作の文章を謙遜して、

も言う(広辞苑)。

漢語に、

折腰(セツヨウ 腰を折る)、

があるが、これは、

吾不能為五斗米折腰事郷里小児(晉書・隠逸傳)、

と、

腰を屈む、

つまり、

人に下るに云ふ、

意でしかない(字源)。

腰折れ屋根.jpg

(腰折れ屋根(駒形屋根・マンサード屋根 切妻屋根の勾配を途中から急にしたもの) デジタル大辞泉より)

「腰折れ」は、老人の腰の曲がったのに準えているので、それをメタファに、横に折れ曲がったり、腰のあたりが折れていたりする意で、

腰折れ松(横に折れまがって生えている松)、
腰折滝、
腰折れ地蔵、
腰折れ屋根、

等々でも使い、

景気が腰折れした、

などと、

景気や経済活動が、成長・回復・現状維持の状態から、はっきりとした悪化の局面に転じる、

意で使ったりする。

江戸時代の、髷に、

腰折島田(こしおりしまだ)、

というのもあり、

中央がひじょうにへこんでいて、根が低くなったもの、

を指したらしい(精選版日本国語大辞典)。

腰折島田.bmp

(腰折れ髷 精選版日本国語大辞典より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
柳田國男『不幸なる芸術・笑の本願』(岩波文庫)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:14| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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