2022年07月18日

へったくれ


「へったくれ」は、

規則もへったくれもあるか、

というように、

多く「…も―も」の形で、下に否定の語を伴う文脈でいうことが多い、

使い方で(広辞苑・大辞林)、

取るに足りないと思うものをののしっていう語、

であり(仝上)、

つまらないと思う、
価値を認めない、
軽んじる気持ち、

を表す語である(仝上・大辞泉)。古語辞典の類には載らないが、江戸時代から用例が見られ、

イヤ置け置け。断りもへったくれも入らぬ(浄瑠璃「小野道風青柳硯(1754)」)、
下女の恋文もへッたくれもいらず(「柳多留(1785)」)、

と、

現代風に、「…もへったくれも」の形で、下に否定の語を伴って、否定文脈で使う場合以外に、

おぐしだのへったくれのとそんな遊(あそば)せことばはみつとむねへ(浮世風呂)
それよしか、何院だらうが、へッたくれだらうが、オ歴々の御身分の事、平人は死んだ時ばかりの名聞だ(浮世床)、

と、

……のへったくれのと、
……だろうがへったくれだろうが、

と、対比して用いて、意味を強める、

という使い方でも用いている。由来については、

安房にて、愚者を、へうたくれと云ふ(大言海)、
ひょうたくれの訛(江戸語大辞典)、
ヘタキレ(端切)の訛かヘタクレ(蔕塊)の促呼(上方語源辞典=前田勇)、
「続日本紀」に見られる惡奴の名クナタブレを屎(くそ)タフレと誤って、その対音に屁タクレと言ったものをさらにヒョウタクレと音便に言ったか(野乃舎随筆)、
並立を表すハタコレ(将此)の転訛(日本語の語源)、

といった諸説があるが、「ひょうたくれ」「へうたくれ」は、

明和頃(1764~72)、深川の岡場所語、

とあり、

ひやうたくれ、悪敷客を云(明和七年(1770)「辰巳之園」)、

と、

不粋客の侮称、

とあり(江戸語大辞典)、転じて、

おらんだにて馬鹿をヘケレンツウといへば、かみがたにてあほうそろまといふ、江戸にてひやうたくれと言しも今はうすどんとひゐきの沙汰によびけらし(天明二年(1782)「通人の寝言」)、

と、

ばか、
あほう、

といった、

人を罵る語、

としても使う。「安房で云々」との関連を考えると、「ひょうたくれ」「へうたくれ」が「へったくれ」の由来の可能性が高い。たとえば、

知恵もひやうたくれもいらぬ、ぶんのめして通るまでの事(天明初年(1781)「通増安宅関」)、

と、

ひやうたくれ、

を、

へったくれ、

と同義に使った例もある(もっとも、へったくれ→ひやうたくれ、と転訛したということもありえなくもないが)。

他方、大阪弁で、

へったくれ、くそ、

という言い方があり、

「へったくれ」は、ヘチマのまくれた形の「へちまくれ」から、

とし(大阪弁)、

「くそ」は係助詞「こそ」の転、

で、

あれもこれも、の不特定のものの強調を示す。価値を認めたくないものに対して、辞めるもへったくれもあるかい、愛想もくそもあれへんわ、と使う。どうもこうもないという意味。単体では使わない、

とする説があるhttps://www.weblio.jp/cat/dialect/osaka。つまり、

へちまくれの転訛、

という説である。同趣旨の説は、

「へちまくれ」とは、「へちま」+「まくれ」で、「まくれているヘチマ」という意味です。ヘチマは、昔大切な水を入れる水筒の役割をしていましたが、まくれているヘチマは使い物になりませんでした。まくれているヘチマは、「不要な(とるにたらない)もの」だったのです。「でも○○と言っても、お前ではとるにたらない」という意味で、「でもも、へったくれもない」ということになった様です、

ともあるhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118607276。大阪から伝わった言葉でないとすると、大阪弁の「へったくれ」と江戸の「ひやうたくれ」は別由来かもしれない。

浮世床(歌川国直).jpg

(浮世床(歌川国直) http://edogoyomi.art.coocan.jp/3dedo/ukiyodoko/index.htmlより)

ハタコレ(将此)の転訛、

とする説は、武士を嘲罵する言葉として、上記の、

おぐしだのへったくれのとそんな遊(あそば)せことばはみつとむねへ(浮世風呂)
それよしか、何院だらうが、へッたくれだらうが、オ歴々の御身分の事、平人は死んだ時ばかりの名聞だ(浮世床)、

等々「浮世床」「浮世風呂」で使われているとして、

「ハタコレモ(将此も)は並列をあらわすことばで、『武士もハタコレ(自分たち)も違いがあるものか』といった。高いものを低いものと同等に引き下げて平等を主張するときの慣用句である。これを早口に発音するときヘタクレ・ヘッタクレ・ヘッチャクレに転音し、「違いが」を落とし、武士を嘲罵することばとして浮世床の類に用例が多い」

と詳説している(日本語の語源)。ここで、注目すべきは、

「取るに足らぬ者、愚者」という意の名詞になって東京・千葉方言として残っている、

とあることだ(仝上)。地理的に、上述の、

深川の岡場所語、

とする説との関連が気になる。

もうひとつ、柳田國男は、全く別の語源として、

「神社に従属した小区域の地名に手倉田(たくらだ)というものが諸国に存する。羽後の雄物(おもの)川の岸には「言語道断」と文字に書いて、タクラダという村さえあった。タクラダ・タクラは多く地方の方言で愚か者を意味し、ノンダクレとかヘッタクレとかいう普通語もそれから出ている。或いはまた馬鹿をオタカラモノと呼ぶ土地もある。手倉田・田倉田は即ち彼らに田を給し、神役を勤めさせた名残かと思われる。三河の山村の花祭の囃しの詞に、笛に合わせて一同がターフレタフレと囃すのも、やはり一つの語の変化であって、いわゆるクナタフレが神に仕え、その愚かさを役に立てたこと、今の馬鹿囃しの火男(ひょっとこ)などと、本の趣旨を同じくする者かと思う。」

と、神の前で「笑わせる」職分役という民間習俗からきているという説を述べている(「笑の文学の起源」)。さらに、

「タクラという語は少なくとも方言ではなかった。今も複合語としては標準語の中にも通用している。たとえば泥酔者をノンダクレ、是をもう少し悪い発音にかえて、ドンダクレという語は田舎にあり、関西の方では是をヱヒタクレという者が多く、ヨッタクレという語もまだ東京には少し残っている。それからまたヒョウタクレという語があり、東日本の方言集には多く採録されていて、愚人を意味する。」

とあり(「たくらた考」)、この説によれば、

ひやうたくれ、
も、
へったくれも、
も、
のんだくれ、

の「たくれ」も、

たくらた、

由来ということになる。「たくらた」は、

癡、

とも当て、

癡の字をばたくらたと読むなり。世間の人のたくらたと云ふは、愚癡の癡なり(法華経直談鈔)、

と、

愚か者、

の意味である(岩波古語辞典)。「たくらた」の由来を、柳田國男が、

ふざけきった俗説、

と一蹴した、

たくらだ(田蔵田)は麝香鹿に似た、芳香のない動物、せっかくとらえても、麝香鹿のかわりにはならず無駄に死ぬばかりである、

とする説(運歩色葉集)を取って、

獣の名、麝香に似たるものにて、人の麝香を猟る時、此獣、出でて人に殺さる。故に我が事ならで、好みて死するを田蔵田という(節用集大全)、

とする説(大言海)もあるが、これはいただけない。柳田國男は、

タクラフ(較)という動詞から出たタクラにタを添えたもの。またタクラは、タクラブ(較)と同源で、いたずらに人の真似をしてしくじり笑われる物を言った、

とする説を立てる(「たくらた考」)。あくまで、

神に使える役、

由来を取る。「たくらふ」は載らないが、

タクラブ(較ぶ)という語が源の一つ、

のものとある(仝上)「たくらぶ」は、

タは接頭語、

で、

た比ぶ、
た較ぶ、

と当て(岩波古語辞典)、

較、タクラブ、

とある(室町末期書写「黒本節用集」)ように、

比較する、

意であるところから、

二人相対しての動作、

を意味する、と推測している(柳田・仝上)。

比較する、

という意味は、江戸時代の、「へったくれ」の用法の、

……のへったくれのと、
……だろうがへったくれだろうが、

と、対比して用いる使い方とぴたりと符合する。これが、

神前での道化役、

からきているとすると、

手倉田、手倉森という名の地名、

が全国にある、

たくらた、

から、各地域ごとに、

へったくれ、
も、
ひやうたくれ、
も、
へちまくれ、

も転訛したものということになる。底流として、

愚か者、

意が通底していたということになる。この説の前では、他の諸説は、その転訛に過ぎなくなってくる気がする。

「癡」 漢字.gif

(「癡」 https://kakijun.jp/page/E197200.htmlより)

「癡(痴)」(チ)は、

会意文字。疑は、とどまって動かないこと。癡は「疒+疑」で、何かにつかえて知恵の働かないこと、

とあり(漢字源)、当用漢字の、

痴、

は、

知(チ)を音符とした俗字、

である(角川新字源)。別に、

会意兼形声文字です(疒+疑(知))。「人が病気で寝台にもたれかかる」象形(「病気」の意味)と「人が頭をあげ思いこらしてじっと立つ象形と十字路の左半分・角のある牛・立ち止まる足の象形」(人が分かれ道にたちどまってのろま牛のようになる、すなわち、「じっと立ち止まってためらう」の意味)から、「物事にうまく対応できない病気」、「愚か」、「狂う(正常でなくなる)」を意味する「痴」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji1469.html。「痴」については、

会意形声、「疒」+ 音符「知」で、言い当てる(=知)力を失うこと、

と解釈されるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%97%B4

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
柳田國男『不幸なる芸術・笑の本願』(岩波文庫)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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