「憤る」は、
いきどおる、
と訓ませるが、
守殿(かうのとの)、など人々まゐり物はおそきとて、むづかる(宇治拾遺物語)、
と、
むづかる(むずかる)、
と訓ませ、
近世末までは、むつかる、
と清音とあり(大辞林)、
叱る、
意とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)が、
心知れる人々は、あな憎、例の御癖ぞ、と見たてまつりむつかるめり(源氏物語)、
などと、
不機嫌で小言や文句を言う、
機嫌をわるくする、
ぶつぶつ文句を言う、
の意とあり(岩波古語辞典・広辞苑)、さらに、
鬱悶(むつか)しく思ひて憤(いきどお)る、
心の中にいきどほる、
むかつく、
とある(大言海)のが正確なのではあるまいか。また、
若君の泣き給へば例はかくもむつからぬに、いかなればかからん(大鏡)、
と、
子どもがただをこねる、
子供がじれて泣く、
すねてさからう、
意でも使う。これは、現代でも、
むずかる赤ん坊、
赤ん坊がむずかる、
等々と使い、
京阪では現在まで「むつかる」だが、東京では「むずかる」、
とある(日本国語大辞典)。また、
渋面をつくる、
にがむ、
意でも使う(大言海)ともある。
「むづかる」は、色葉字類抄(1177~81)に、
憤、ムツカシ、ムツカル、
とあるように、
ムツク、ムツカシと同根、
である(岩波古語辞典・大辞泉)。
「むつく」(口語では「むつ(憤)ける」)は、
憤く、
と当て、
俗にむづく、
とあり(大言海)、
明神、御気色まことにすさまじげにむつけたる体におはしければ(雑談集)、
と、
不満に思う、
気にくわないと思う、
意と、
醒き風吹かよひ、人の身にあたるといなや、むつける程に草臥つきて(武家義理物語)、
と、
健康を損ねる、
気分がすぐれず衰弱する、
意でも使う(日葡辞書「ムツクル」)。
「むつかし」(「むづかし」、口語は「むつかしい」「むずかしい」)は、
難し、
と当て、
大方いとむつかしき御気色にて(源氏物語)、
と、
不機嫌である、
意や、
女君は、暑くむつかしとて、御髪(みぐし)すまして(仝上)、
と、
うっとおしい、
意や、
手にきり付きて、いとむつかしきものぞかし(堤中納言物語)
と、
気味が悪い、
いやな感じだ、
見苦しい、
意や、
暮ゆくに客人(まらうど)は帰り給はず、姫君いとむつかしとおぼす(源氏物語)、
と、
厄介だ、
うるさくて応対が面倒、
の意や、さらに、
山伏という前句(は、付句わするのが)むつかし(俳句・昼網)、
と、
困難である、
という意でも使うが、これは、上記の用例から、転じて、
煩わしく入りまざりて解き得難し、
成就しがたし、
の意になったもの(大言海)と見られる。その意味で、
(後白河)法皇夜前より又むつかしくおはします(明月記)、
と、
重態である、
意も、そうした意味の転化の一環と思われる。だから、「むつかし」は、
憤(むづか)るより転じた(大言海・瓦礫雜考・和訓栞・上方語源辞典=前田勇・日本語の年輪=大野晋)、
と見る見方は、類聚名義抄(11~12世紀)に、
憤懣、むつかし、
とあることからも妥当に思える。しかし、「むづかる」の語源を、
ムヅムヅと気に障って憤る意(国語の語根とその分類=大島正健)、
と、擬態語とみる説がある。ただ、表記が、
むずむず、
で、「むづむづ」でないことや、
かぶと引き寄せうち着て、緒をむずむずと結ひ(平治物語)、
と、
ぐいぐいと力をいれるさま、
の意や、
堀河の板にて桟敷を外よりむずむずと打ちつけてけり(愚管抄)、
と、
遠慮会釈ないさま、
の意で使い(岩波古語辞典)、現代の、
あっと言わせてやりたくて、むずむず身悶えしていた(太宰治「清貧譚」)、
と、
今すぐやりたいことがあるのに、それが出来なくてもどかしく思う、
意や、
汗でむずむずするのと蚤が這ってむずむずするのは(夏目漱石「吾輩は猫である」)、
と、
虫などが這いまわるような刺激を感じる、
意のような、
不快感、
の意はない(擬音語・擬態語辞典)のが難点。
(「憤」 説文解字・漢(小篆) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%86%A4より)
「憤」(漢音フン、呉音ブン)は、
会意兼形声。奔(ホン)は「人+止(あし)三つ」の会意文字で、人がぱっと足で走り出すさま。賁(フン)は「貝(かい)+音符奔(ひらく、ふくれる)の略体」の会意兼形声文字で、中身の詰まった太い貝のこと。憤は「心+音符賁」で、胸いっぱいに詰まった感情が、ぱっとはけ口を開いて吹き出すこと、
とある(漢字源)。「憤慨」「発憤」等々と使う。
会意兼形声文字です(忄(心)+賁)。「心臓」の象形と「人の足跡が3つ並んだ象形と子安貝(貨幣)の象形」(「貝殻の模様がさかんに走る」の意味)から、心の中を何かが走り回る事を意味し、そこから、「いきどおる」を意味する「憤」という漢字が成り立ちました、
も同趣旨である(https://okjiten.jp/kanji2021.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95