砌(みぎり 軒下の敷石)に苔むしたり。かみさびたる事かぎりなし(宇治拾遺物語)、
にある、
かみさびたる、
は、
神々しい、
意とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。なお、「砌」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485070263.html)については触れたことがある。
「神(かみ)さびる」は、
かんさびる、
とも訓まし、文語で、
神さぶ、
は、
かみさぶ、
かんさぶ、
かむさぶ、
かみしむ、
とも訓む(明解古語辞典)が、「かみさぶ」は、
カムサブの転(岩波古語辞典)、
かんさぶ、古くは「かむさぶ」と表記(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
「万葉集」では「かむさぶ」がふつうで、「かみさぶ」は挙例が唯一の例である。「かみ(神)」の「み」に「美」が用いられるのは上代特殊仮名遣としても異例。防人の歌でもあり、東国語形とも考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。「カミ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/436635355.html)でも触れたように、上代特殊仮名遣によると、
「神」はミが乙類(kamï)
「上」はミが甲類(kami)
で、
「神」のミは「微」の乙類の音、
「上(カミ)」のミは「美」の甲類の音、
であるが、
「神(kamï)」と「上(kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった、
とする説もある。
で、「神さぶ」は、
難波門(なにはと)を榜ぎ出て見れば神かみさぶる(可美佐夫流)生駒高嶺(たかね)に雲そたなびく(万葉集)
と、
神々(こうごう)しい様子を呈する、
古色を帯びて神秘的な様子である、
古めかしくおごそかである、
といった意味である(広辞苑)が、
ひさかたの天つ御門(みかど)をかしこくも定めたまひて神佐扶(かむさぶ)と磐隠(いはがく)りますやすみししわが大君の(万葉集)、
と、
神らしく行動する、
神にふさわしい振舞いをする、
意でも使った。普通に考えると、神々しいという言葉の派生として、それに似た振舞い、という意味の流れになるのかと思う。転じて、
いそのかみふりにし恋のかみさびてたたるに我は寝(い)ぞ寝かねつる(古今集)、
と、
古風な趣がある、
古めかしくなる、
年を経ている、
意となり、さらに、
あけの玉墻(たまがき)かみさびて、しめなはのみや残るらん(平家物語)、
と、
荒れてさびしい有様になる、
意に転じ、あるいは、
かみさびたる翁にて見ゆれば、女一(にょいち)の御子の面伏(おもてぶせ)なり(宇津保物語)、
と、単に、
老いる、
意でも使う。だんだん神秘性が薄れ、ただの古ぼけたものになっていく感じである。
「神さぶ」の「さぶ」については、
然、
と当て、
上二段の自動詞、
で、
然帯(さお)ぶの約なるべし(稲置(イナオキ)、いなぎ。馬置(うまおき)、うまき)、都(みや)び、鄙(ひな)ぶも、都帯(みやお)び、鄙帯(ひなお)ぶの約なりと思ふ。翁さぶ、少女(おとめ)さぶは、翁然(おきなぜん)、少女然(しょうじょぜん)(学者然、君子然)の意、
とし、
他語の下に熟語となりて、其気色ありの意を成す語、めくと云ふに同じ、神さぶ、翁さぶ、貴人(うまびと)さぶ、少女(おとめ)さぶなど、皆、神めく、翁めくなどの意なり、
とする説もある(大言海)が、
「さぶ」は接尾語、
とするのが大勢で(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
名詞に付いて、そのものらしくふるまう、そのものらしくなる意を表す。上接する名詞は、人や神、または、これに準ずる語であることが多い。「乙女さぶ」「うま人さぶ」「翁さぶ」など、
とあり(日本国語大辞典)、
サは漠然と方向や様子を示す語、ブは行為を人に示す意、カナシブ(悲しぶ・哀しぶ)、ウレシブ(嬉しぶ)のブと同じ(岩波古語辞典)、
状態・方向を表す「さ」に、接尾語「ぶ」の付いたもので、そのような状態になる、ある方向に進むの意(日本国語大辞典)、
あるいは、
「さびる(寂)」「さぶ(窈窕)」の、古びる、古びてしっとりとした味わいを持つなどの意から、そのものの属性を発揮すべくしっとりとふるまうの意を表すように変化したもの(日本国語大辞典)、
ともあり、どちらともいえないが、
体言について、上二段活用の動詞をつくり、そのものにふさわしい、そのものらしい行為・様子をし、またそういう状態にあることを示す、
とある(仝上)。
「めく」は、
見來(みえく)を約して四段活用、
ともある(大言海)が、
名詞・形容詞語幹・副詞について四段活用の動詞をつくり、
雨(あま)そそぎもなほ秋のしぐれめきてうちそそげば(源氏物語)、
と、
本当に……らしい様子を示す、
……の本当の姿を尤もよく示す、
意と、
親めく、
なまめく、
など、
一見……らしく見える姿を示す、
という使い方をする。「さぶ」の然るべく見える意と重なる所は多い気がするが、
神さぶ、
と
神めく、
では、「めく」ただそう見えるのに対して、「さぶ」は、然る可く見えるので、ただそう見えるとは少し含意が異なる気がする。
なお、「神」については、「神道」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/430465963.html)でも触れた。
(「神」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Eより)
「神」(漢音シン、呉音ジン)は、
会意兼形声。申は、稲妻の伸びる姿を描いた象形文字。神は「示(祭壇)+音符申」で、稲妻のように不可知な自然の力のこと、のち、不思議な力や、目に見えぬ心のはたらきをもいう、
とある(漢字源)。日・月・風・雨・雷など自然界の不思議な力をもつもの、
天のかみ、
で、
祇(ギ 地の神)、鬼(人の魂)に対することば、
とある(仝上)。「申」(シン)は、
会意文字。稲妻(電光)を描いた象形文字で、電(=雷)の原字、のち、「臼(両手)+丨印(まっすぐ)」のかたちとなり、手でまっすぐのばすこと、伸(のばす)の原字、
とある(仝上)。
(「申」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)
「神」の字は、別に、
会意兼形声文字です(ネ(示)+申)。「神にいにしえを捧げる台の象形」と「かみなりの象形」から、天の「かみ」を意味する「神」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji426.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
金田一京助・春彦監修『明解古語辞典』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95