さらば此御祭の御きよめするなりとて、四目(しめ)引きめぐらして、いかにもいかにも人なよせ給ひそ(宇治拾遺物語)、
にある
四目、
は、
注連(しめ)、
の当て字、
注連縄、
の意で、
聖場の標とするためにひきめぐらす縄、
とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。
「注連」は、
標、
とも当て、
動詞「占む」の連用形の名詞化、
で、
物の所有や土地への立ち入り禁止が、社会的に承認されるように、物に何かを結いつけたり、木の枝をその土地に刺したりする意、
とあり(岩波古語辞典)、
大伴の遠(とお)つ神祖(かむおや)の於久都奇(奥津城 おくつき=墓所)はしるく之米(標 シメ)立て人の知るべく(万葉集)、
と、
神の居る地域、また、特定の人間の領有する土地であるため、立入りを禁ずることを示すしるし、
とあり、
木を立てたり、縄を張ったり、草を結んだりする、
が、
双葉(ふたば)よりわが標(し)めゆひし撫子の花のさかりを人に折らすな(後撰集)、
と、
恋の相手を独占する気持や、恋の相手が手のとどかないところにいることなどを、比喩的に表現するのにも用いる、
とある(日本国語大辞典)。で、「しめ(標)」は、
標刺(さ)す 所有しているしるしをたてる。目じるしをつける、
標の内(うち) 神あるいは特定の人間が領有するため立入りを禁じている地域の内。神社の境内、宮中など、
標の内人(うちびと) 神社、または、神事に奉仕する人。宮中に仕える人、
標の外(ほか) 神あるいは特定の人間が領有する地域の外。神社の境内、内裏などの外。転じて、比喩的な意味で男女の間が隔たっていること、相手が手のとどかないところにいることなどにも用いる、
標結(ゆ)う 占有、道標のしるしとして草などを結ぶ。縄などを張って立入りを禁ずる。また、反対に、出て行くのを止める意にも用いる、
などと使う(仝上)。この「しめ」は、
シメ(閉)の義(大言海)、
シメ(締)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
自分が占めたことを標す義(国語溯原=大矢徹)、
これを張って出入りをイマシメるところから(和句解・柴門和語類集・日本釈名)、
等々の説があるが、
シメクリナハの約であるシメナハの略(東雅・大言海)、
とし、
元、縄を結び付けて、標(しるし)せし故に(即ち、しめなは)、結ふと云ふ、
と、
しめなわ(注連縄)の略、
としても使う(大言海・日本国語大辞典・広辞苑)。
(注連縄 広辞苑より)
(注連縄 学研全訳古語辞典より)
「しめくりなは」は、
注連縄、
尻久米縄、
端出縄、
などと当て、
「しめなは」の古語、
で(広辞苑)、
布刀玉(ふとだま)の命、尻久米(クメ 此の二字は音を以ゐよ)縄を其の御後方(みしりえ)に控(ひ)き度(わた)して白言(まを)ししく(古事記)、
と、
端(しり)を切りそろえず、組みっぱなしにした縄、
の意である(仝上)。『日本書紀』七段本書に、
端出之縄、
とあり、注記に、
縄、亦云く、左縄(ひたりなは)の端出(はしいたす)といふ。此には斯梨俱梅儺波(しりくめなは)と云ふ、
と記す(精選版日本国語大辞典)。「くめ」は、多く、
「組む」の意、
と取る(評釈その他)が、
「籠」の意と取る説(次田新講)、
「出す意の下二段他動詞クムの連用形」と取る説(新編全集)、
「籠(こめ)」で、わらのしりを切り捨てないでそのままこめ置いたなわの意(日本国語大辞典)、
もある(http://kojiki.kokugakuin.ac.jp/kojiki/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E7%9F%B3%E5%B1%8B%E2%91%A2/)。確かに、「籠(こめ)」よりは、「組む」の、
藁の端を出したままにした縄を組む、
の方が実態に叶う気はする。やはり、
上代、縄を引き渡して、内側にはいることを禁じ、清浄な地を区画する標としたもの、
どあり、
後、神前に引き、また、新年の時などの飾り、
とした、
しめなわ、
である。
(注連縄 デジタル大辞泉より)
「しめなは(わ)」は、
標縄、
注連縄、
七五三縄、
〆縄、
などと当て、
祝部(はふり)らが斎(いは)ふ社の黄葉(もみぢば)もしめなは越えて散るといふものを(万葉集)
と、
神前または神事の場に不浄なものの侵入を禁ずる印として張る縄、
の意だが、一般には、新年に門戸に、また、神棚に張り、
左捻よりを定式とし、三筋・五筋・七筋と、順次に藁の茎を捻り放して垂れ、その間々に紙垂(かみしで)を下げる。輪じめ(輪飾り)は、これを結んだ形である、
とある(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A8%E9%80%A3%E7%B8%84)。ただし、出雲大社では、本殿内の客座五神の位置などから左方を上位とする習わしがあり、右綯いの縄(左方が綯い始めになっている縄)が用いられている(仝上)。
しめ(標)、
章断(しとだち)、
ともいう。
(出雲大社の注連縄は一般的な注連縄とは逆に左から綯い始めている https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A8%E9%80%A3%E7%B8%84より)
古神道においては、神域はすなわち常世(とこよ)であり、俗世は現実社会を意味する現世(うつしよ)であり、注連縄はこの二つの世界の端境や結界を表し、場所によっては禁足地の印にもなる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A8%E9%80%A3%E7%B8%84)。また、
御霊代(みたましろ)、
依り代(よりしろ)、
として神がここに宿る印ともされ、巨石、巨樹、滝などにも注連縄は張られる。また日本の正月に、家々の門や、玄関や、出入り口、また、車や自転車などにする注連飾りも、注連縄の一形態であり、厄や禍を祓う結界の意味を持つ、とある(仝上)。この起源は、古事記で、
天照大神が天岩戸から出た際に二度と天岩戸に入れないよう岩戸に注連縄を張った、
とされる(仝上)のによる。
(天岩戸神話の天照大御神(春斎年昌) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%B2%A9%E6%88%B8より)
なお、「ぬさ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488951898.html)で触れたが、「しで」は、祓具として、
玉串、
祓串、
御幣、
につける他に、注連縄に垂らして神域・祭場に用いる場合は、
聖域、
を表す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%99%E5%9E%82)。もともと、串に挿む紙垂は、
四角形の紙、
を用いたが、のちに、その下方両側に、紙を裁って折った紙垂を付すようになり、さらに後世には紙垂を直接串に挿むようになった(日本大百科全書)が、その断ち方・折り方にはいくつかの流派・形式があり、主なものに吉田流・白川流・伊勢流がある、とされる(仝上)。この形の由来については、
無限大の神威説(白い紙を交互に切り割くことによって、無限大を表わす)、
と
雷説(雷(稲妻)を表わしている)、
があるとされる(仝上)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95