男、しわびて、我身は、さは観音にこそありけれ、ここは法師になりなんと思ひて(宇治拾遺物語)、
いみじくほうけて、物もおぼえぬやうにてありければ、しわびて法師になりてけり(仝上)、
とある、
しわぶ、
は、
当惑して、
途方に暮れて、
などの意とある(中島悦次校注『宇治拾遺物語』)。
「しわぶ」は、
為侘ぶ、
と当て、
どうしてよいか始末に苦しむ、
途方に暮れる、
しあぐむ、
の意とある(広辞苑)。
「しわぶ」は、
為(す)+わぶ(侘)、
「わぶ」(上二段活用、口語「わびる」は、上一段活用)は、
失意・失望・困惑の情を動作・態度にあらわす意、
とあり(岩波古語辞典)、
うらわぶ(心侘)の略、
とある(大言海)。「わぶ」は、
ちりひぢ(塵泥)の数にもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらむ妹がかなしさ(万葉集)、
と、
気落ちした様子を外に示す、
がっくりする、
意や、
国の司、民つかれ国滅びぬべしとなむわぶると聞し召して(大和物語)、
と、
困りきる、
迷惑がる、
意や、
男五条わたりなりける女を得ずなりにけることとわびたりける人の返りごとに(伊勢物語)、
と、
恨みかこつ、
悲観して嘆く、
意や、
さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわび居る時に鳴きつつもとな(万葉集)、
と、
気力を失って沈みこむ、
淋しく心細い思いをする、
意や、
古は奢れりしかどわびぬれば舎人が衣も今は着つべし(拾遺和歌集物名)、
と、
失意の境遇にいる、
零落している、
意や、
その御薬、まづ一度の芸、一つ勤むるほどたまはりてよ…としきりにわぶる(福富長者物語)、
と、
(助けてくれるよう)嘆願する、
意や、
我幼少より少しの業をしたこともない、偏へに御免を蒙れ、とわぶれども各々憤り深うして(天草本伊曾保物語)、
と、
(「詫びる」と書く)(困惑のさまを示して)過失の許しを求める、
あやまる、
謝罪する、
意や、
此の須磨の浦に心あらん人は、わざともわびてこそ住むべけれ(謡曲・松風)、
と、
閑静な地で生活する、
俗事から遠ざかる、
意などで使うが、他に、
里遠み恋ひわびにけりまそ鏡面影さらず夢(いめ)に見えこそ(万葉集)、
と、
(動詞連用形に付いて)その動作や行為をなかなかしきれないで困る、
の意を表し、
…する気力を失う、
…しかねて困惑する、
…しあぐむ、
意で使う。日葡辞書(1603~04)に、
ヒトヲタヅネワブル、
マチワブル、
とあるが、
待ち侘びる、
恋ひわぶる、
などと使う。「しわぶ」(しわびる)の、
す(為)の連用形+わぶ、
の、「す」(口語する)は、
「ある」が存在性を叙述するのに対して、「する」は最も基本的に作用性・活動性を叙述すると見られる、
とあり(精選版日本国語大辞典)、活用は、
未然形-(口語)し、せ、さ(文語)せ
連用形-(口語・文語共に)し
終止形-(口語)する、(文語)す
連体形-(口語・文語共に)する
仮定形-(口語・文語共に)すれ
命令形-(口語)しろ、せよ(文語)せよ
で(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%82%BA)、
・口語の未然形には、打消の「ず」「ぬ」が付くときの形「せ」のほか、打消の「ない」が付くときの形「し」がある。また、使役や受身が付くとき、多く「させる」「される」となるが、その「さ」も未然形として扱うことが多い。
・打消の「ず」が付くとき、「せ」でなく「し」となる場合もある(の「軽躁な者は軽躁な事を為まいと思ったとて、なかなか為(シ)ずにはをられまい」(二葉亭四迷「浮雲」)、
・命令形は、古くから「せよ」が使われて今日に至っているが、室町時代ごろから「せい」が、江戸時代以降は「しろ」が使われるようになる。また、これらの命令形は、放任の意にも用いられることがある。→せよ・しろ、
・過去の助動詞「き」へ続ける場合は変則で、終止形「き」には連用形の「し」から、連体形「し」および已然形「しか」には未然形の「せ」から続く。すなわち、「しき」「せし」「せしか」となる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
なお、「わび・さび」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/471270345.html)については触れた。
(「為」 甲骨文字・殷 https://kakijun.jp/page/ta08200.htmlより)
(「為」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%82%BAより)
「為」(イ)は、
会意文字。爲の原字ば「手+象」で、象に手を加えて手なずけ、調教するさま。人手を加えて、うまく仕上げるの意。転じて、作為を加える→するの意となる。また原形をかえて何かになる意を生じた、
とある(漢字源)。
「侘」(漢音タ、呉音チャ)は、
会意兼形声。「人+音符宅(タク じっとどまる)」、
で、
たちどまる、
がっかりして立ち尽くす、
意である(漢字源)。我が国では、
わぶ、
と訓ませ、
俗事からとおざかり、静寂な風情をたのしむ、
その目的がなかなか達せられず、迷っている(「待ち侘びる」など)、
わび(「わび」「さび」のわび)、
の意で使い、しかも、「佗」(漢音タ、呉音ダ)を、「侘」の訓を誤ってこちらに当てたため、「佗」も、「侘」と同じ意味で使う(仝上)。
「侘」(漢音タ、呉音ダ)は、
会意兼形声。它(タ)は、蛇を描いた象形文字。蛇の害を受けるような変事の意から、変わった、見慣れないなどの意となり、六朝時代から後、よその人、他人、彼の意となる。侘は「人+音符它(タ)」。它で代用することが多い、
とある(漢字源)。「他」は「侘」の俗字である。別に、
会意兼形声文字です(人+也・它)。「横から見た人」の象形と「へび」の象形(「蛇(へび)、人類でない変わったもの」の意味)から、「見知らない人、たにん」を意味する「他」という漢字が成り立ちました。(「佗」は俗字です。)、
ともある(https://okjiten.jp/kanji248.html)。「他」は、
古くは「佗」、(他の)「也」は蠍の象形であり、しばしば「它」と混用されたため「侘」を「他」と書くようになった、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%96・漢字源)。「侘」で触れたように、我が国では、「侘」の訓を誤って当てたため、「侘住居(わびずまい)」などと、「わび」の意で用いている。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95