2022年08月08日

慮外


某(それがし)は御身上おぼつかなく、慮外にも御馬に乗り参り候と云ふ(宿直草)、

とある、

慮外、

は、

異常な、
一風変わった、

と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。

「慮外」は、漢語である。文字通り、「意外」、「考慮の外」あるいは「思慮の外」と訓めば、

事乖慮外(事、慮外に乖(そむ)く(暗殺された))(晉書・毛璩傳)

と、

意外、
思いがけぬ、

の意味になる(字通・字源)。日本でも、

慮外の事により、遠国にまかり向ふ(小右記)、

と、

思いのほか、
思いがけない、

の意でも使い、その意味の外延で、

「身共がついで遣らふ」「是は慮外に御座るが、其儀成らば一つつがせられて被下い」(虎寛本狂言「素袍落(すおうおとし)」)、

と、

(思いがけないありがたいことの意から)主に、話しことばに用いて、ありがたい、かたじけない、恐縮だなど、感謝の意を表す、

意でも使う(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典)が、ほとんど、

一年(ひととせ)の慮外馬咎め射殺し候ひし男の子の小さき男こそ殿に候ふなれ(今昔物語)、
仏法興隆のところに、度々りょぐゎいして罪作るこそ心得ね(義経記)、

などと、

思いもよらない不法・不当な態度や行為について、

いい、

もってのほか、
不心得なこと、
不躾、
無礼、
不埒なこと、

などの意で使う(岩波古語辞典・大言海・字源・広辞苑)。

慮外な振舞い、
慮外千万(せんばん)、
慮外者、

等々という使い方をし、さらに、その意味の延長線上で、

慮外ながらこしをかけまらする(虎明本狂言・鎧)、
慮外ながら申し上げます、

などと、

(「ながら」「なれど」を伴って)無礼をわびる、

意を表し、

失礼ですが、
おそれいりますが、

の意で、

不躾ながら、
卒爾ながら、

と同義で使う(仝上)。これは、漢語にはない意味である(「卒爾」http://ppnetwork.seesaa.net/article/444309990.htmlについては触れた)。

思いがけない→思いがけなくありがたい→おもいもよらぬこと→不躾、無礼、

といった意味の変化と見られ、意味の筋を辿れなくもないが、本来の、

慮外、

の、

思いがけない、
意外、

の意を大きく外していった。

「慮」 漢字.gif

(「慮」 https://kakijun.jp/page/1533200.htmlより)

「慮」(漢音リョ、呉音ロ)は、

形声、「心+音符盧の略体」で、次々と関連したことをつらねて考えること、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です。「虎(とら)の頭の象形と小児の脳の象形」(「考えをめぐらす」の意味)と「心臓」の象形から、「心をめぐらせる」、「深く考える」を意味する「慮」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1171.html

「外」 漢字.gif

(「外」 https://kakijun.jp/page/0549200.htmlより)

「外」(漢音ガイ、呉音ゲ、唐音ウイ)は、「象外(しょうがい)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/487489631.htmlで触れたように、

会意、「夕」(肉)+「卜」(占)で、亀甲占で、カメの甲羅が体の外にあることから、

とする「龜甲」占い由来とする説と、

「卜」+音符「夕」で、占で、月の欠け残った部分を指した会意形声とも(藤堂明保)、

とする「月」占い説とがあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96

会意兼形声。月(ゲツ)は、缺(ケツ 欠ける)の意を含む。外は「卜(うらなう)+音符月」で、月の欠け方を見て占うことを示す。月が欠けて残った部分、つまり外側の部分のこと。龜卜(キボク)に用いた骨の外側だという解説もあるが従えない、

とか(漢字源)、

会意。夕(ゆうべ)と、卜(ぼく うらない)とから成る。通常は昼間に行ううらないを夜にすることから、「そと」「ほか」「よそ」、また、「はずれる」意を表す、

とか(角川新字源)は、「月」占い説、

形声文字です(夕(月)+卜)。「月の変形」(「刖(ゲツ)に通じ、「かいて取る」の意味)と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目の象形」から、占いの為に亀の甲羅の中の肉をかいて取る様子を表し、そこから、「はずす」を意味する「外」という漢字が成り立ちました、

あるhttps://okjiten.jp/kanji235.htmlのは、「龜甲」占い説になる。ただ、甲骨文字と金文(青銅器に刻まれた文字)とでは、かたちが異なり、途中で変じたのかもしれない。

「外」 甲骨文字・殷.png

(「外」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)

「外」 金文・西周.png

(「外」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96より)

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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posted by Toshi at 03:51| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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