血気の袖どち群れつつ話す(宿直草)、
肝太き袖は顔眺めらるるわざよ(仝上)、
などにある、
袖、
は、
血気さかんな若者たち、
肝太き人、
と、
「袖」は「人」の意、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「袖」に人の意はないので、ここでは、
袖、
で、例えば、
着物、
をいえば、換喩になり、象徴的に
人、
をいえば、提喩になる。慣行的にそういう言い回しがあったのかもしれないが、よくわからない。確かに、「袖」は、
袖摺り合うも他生の縁、
とか、
袖にする、
とか、
袖の下、
とか、
袖を絞る、
とか、メタファとして使うケースが多いが、「袖」を「人」とする例はあまり見ない気がするのだが。
「そで」は、
衣の左右の手を入るる所の総名、上代の下民は筒袖(つつそで 袂(たもと)がなく、筒のような形をした袖)なり、肱(かひな)に當る所をたもととす、
とある(大言海)。和名類聚抄(平安中期)に、
袖、曾天、所以受手也、
字鏡(平安後期頃)に、
袂、袖末也、曾氐、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
袂、ソデ、タモト、
とある。続日本紀(しょくにほんぎ 延暦16年(797年)完成)に、
和銅元年閏八月「制、自今以後、衣襟口(ソデグチ)、闊八寸已上、一尺已下、随人大小為之、
とある。「そで」は、
衣手(ころもで)、
衣袖(いしゅう)、
ともいう。
「そで」の由来は、
衣手(そて)の義、或は衣出(そいで)の義(大言海)、
ソ(衣)テ(手)の意、奈良時代にはソテ・ソデの両形がある(岩波古語辞典)、
ソデ(衣手)説(東雅・安斎随筆・燕石雑志・箋注和名抄・筆の御霊・言元梯・名言通・和訓栞・弁正衣服考)、
と、
衣の左右に出た部分をいうところからソデ(衣出)説(日本釈名・関秘録・守貞謾稿・柴門和語類集・上代衣服考=豊田長敦)、
の二説が大勢で、その他、
ソトデ(外出)の義、またシモタレ(下垂)の反(名語記)、
ソはスボマルの意、テは手(槙のいた屋)、
外手(そで)(日本大百科全書)、
などもある。ただ、「ソテ(衣手)」説は、
上代特殊仮名遣では、「そ(衣)」は乙類音で、「そで」の「そ」は甲類音であるから疑問、
とされる(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。確かに、それは、
難点だが、他に適した説が見つかりません、
と(日本語源広辞典)、承知の上で、
ソ(衣)+手、
説を採るものもある。音韻的難があるとしても、意味的には、
そて(衣手)、
か、
そで(衣出)、
しか有力な説はないようである。ただ、
衣服の身頃(みごろ)の外にあって腕を覆う部分をいい、別に袂(たもと)ともいう。たもとは元来、手元(たもと)からきている。また袖の字は、通す意味の抽(ぬく)からきており、衣の手を通す部分の意、袂の夬(けつ)はひらく意からきており、衣の口のひらいているところの意味とされる、
とあり(日本大百科全書)、
そで(衣出)、
そで(外手)、
なのかもしれない。
(袖の歴史(古墳時代~近世) 日本大百科全書より)
(和服の袖の種類(現代) 日本大百科全書より)
和服では、
袂(たもと)の長さや形によって、大袖、小袖、広袖、丸袖、角袖、削(そぎ)袖、巻袖、元祿袖、振袖、留袖、筒袖などの種類があり、袂を含んでいうことがある、
が、洋服では、
長短により長袖、七分袖、半袖などの別があり、袖付や形によっても種々の名称がある、
(牛車の袖 精選版日本国語大辞典より)
なお、「袖」は、衣の袖をメタファに、いろんなものを袖と呼ぶ。たとえば、
その車の有様言へばおろかなり。……そでには置口にて蒔絵をしたり(栄花物語)、
と、
牛車の部分、
を、
袖、
と呼ぶ。
牛車(ぎっしゃ)の部分の箱の出入り口の左右にあって、前方または後方に張り出した部分。前方にあるのを前袖、後方にあるのを後袖(あとそで)、また、表面を袖表(そでおもて)、あるいは外(そと)、内面を裏、あるいは内(うち)と呼ぶ、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
義盛之所射箭、中于国衡訖、其箭孔者、甲射向之袖二三枚之程、定在之歟(吾妻鏡)、
と、
鎧の袖、
とも使い、
鎧袖一触、
という言い方もある。
(鎧袖 精選版日本国語大辞典より)
通常、
袖の緒(お)で胴に結びとめる。左を射向(いむけ)の袖、右を馬手(めて)の袖という。その大小、形状により、大袖、中袖、小袖、広袖、壺袖(つぼそで)、丸袖、置袖、最上袖(もがみそで)などの種類がある、
とある。また、
文書(もんじょ)や書巻の初めの端の余白となっている部分、
を、
袖、
といい、後の端の部分を、
奥、
という(仝上)。また、建物などの、
主要部のわきに付属する小型のもの、
を、
袖石、
袖柱、
袖塀(そでべい)、
袖垣(そでがき)、
等々と呼んだりもする。舞台の、
両わきの部分、
を、
袖、
と呼ぶのも同じメタファである。
「袖」(漢音シュウ、呉音ジュ)は、
会意兼形声。「衣+音符由(=抽。ぬき出す)」。そこから腕がぬけ出て出入りする衣の部分、つまりそでのこと、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(衤(衣)+由)。「身体にまつわる衣服のえりもと」の象形と「底の深い酒つぼ」の象形(「穴が深く通じる」の意味)から、人が腕を通す衣服の部分、「そで」を意味する「袖」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2061.html)。
「袂」(漢音ベイ、呉音マイ、慣用ヘイ)は、
会意。「衣+夬(切り込みを入れる、一部を切り取る)」。胴の両脇をきりとってつけたたもと、
とある(漢字源)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95