僧は入る由して、脇へはづして、東司(とうす)のうちに隠れ居て、よく見れば(奇異雑談集)、
にある、
東司、
は、
禅家での称、厠のこと、
である(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
登司、
とも当てる(大言海・精選版日本国語大辞典)。
スは唐音、
とある(岩波古語辞典)。
東浄(とうちん)、
ともいう。
チンは唐宋音、
である(世界宗教用語大事典)。もと、本堂の両側にあって、
東司(東浄)、
西司(西浄)、
といい、使用者は役職により分けられており、
東序者知事。西序者頭首。此謂両班也(「禅林象器箋(1741)」)、
とあるように、禅家で、
仏殿・法堂でならぶ諸役僧の座位を東西に分け、
「東序」は、、
法堂・仏殿の東側に並ぶ、都寺(つうす)・監寺(かんす)・副寺(ふうす)・維那(いの)・典座(てんぞ)・直歳(しっすい)などの六知事(雑事や庶務をつかさどる六つの役職)、
のいるところを指し、
東班、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。「西序」(せいじょ)は、
中央の仏壇に向かって左すなわち西側に並ぶ、首座、書記、知浴、知殿等の六頭首(ちょうしゅ 知事に対して修道の方面を掌る)、
のいるところをさす(デジタル大辞泉・仝上)が、のち西司をも東司と呼ぶようになった、とある(仝上)。
東司、
の語を使うのは曹洞宗で、臨済宗では、
雪隠、
といい、
烏蒭沙摩(ウズサマ)の真言は東司にて、殊に誦すべきなり、……不動明王の垂迹として不浄金剛と號して、東司の不浄の時、鬼若し人を悩ます事あらば、守護せん爲御誓なり(鎌倉後期の仏教説話集「雑談集」)、
とあるように、
不浄を清める烏蒭沙摩明王(うすさまみょうおう・うすしまみょうおう)、
が祀られ、
登司同郭登、厠神也(明『事物異名』)、
と、東司はもともと、
便所の守護神、
のことを指した(仝上)。因みに、「烏蒭沙摩」は、
烏枢沙摩、
烏枢瑟摩、
烏瑟娑摩、
とも表記し、
不浄潔金剛、
火頭金剛、
穢積(迹)金剛、
不壌金剛、
受触金剛、
ともいう。
いっさいの不浄や悪を焼きつくす霊験のある明王として、死体や婦人の出産所、動物の血の汚れを祓う尊としての信仰が主流、
で、
真言宗や禅宗では東司(とうす)すなわち便所の守護神としてまつられている場合が多い、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%83%8F%E6%9E%A2%E6%B2%99%E6%91%A9%E6%98%8E%E7%8E%8B・世界大百科事典)。
日常すべて修行とする禅においては、
便所すら心身練磨の道場であり、禅堂・浴室とともに、静謐を旨とし、私語を交わしたり、高声を発してはならない、
三黙道場、
の一つとされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8F%B8)。使用にあたっては入り方・衣のさばき方・しゃがみ方などの作法や、唱える偈文などが細かく規定されている(仝上)という。
「東司」の遺構で、現存かつ実際に使用されているものの一つに、
東福寺の東司、
がある。室町時代唯一、日本最大最古の禅宗式の東司とされる(仝上)。
「東司」は、寺院を構成する七つの施設である、
七堂伽藍、
の一つであるが、伽藍は、
サンスクリット語 saṃghārāmaの音写である僧伽藍の略、
で、
インド本来の意味は、修行者たちが住する園林、
であるが、中国、日本では一般に、
僧侶の住む寺院堂舎の称、
で、後世、一つの伽藍には7種の建物を備えなければならないとし、「七」は、
数量を表すのではなく、必要なものがみな備わっている、
という意味で(旺文社日本史事典)、これを、
七堂伽藍、
という。七堂の名称や配置は時代や宗派によって一定していないが、鎌倉時代の『古今目録抄』には、
塔、金堂、講堂、鐘楼、経蔵、僧坊、食堂(じきどう)、
の7種を伽藍としており、普通は、この、
塔・金堂・講堂・鐘楼・経蔵・僧房・食堂(じきどう)、
をいうが、禅宗では、
法堂・仏殿・山門・僧堂・庫院・西浄・浴室、
をいい、曹洞宗の永平寺では、
法堂(はっとう)・仏殿・僧堂・庫院(くいん 台所)・東司・三門・浴室、
をさす。南都六宗では、
金堂(こんどう)・講堂・塔・食堂(じきどう)・鐘楼(しょうろう)・経蔵・僧坊、
をいい、天台宗では、
中堂・講堂・戒壇堂・文殊楼(もんじゅろう)・法華堂・常行堂・双輪橖(そうりんどう)、
をいう(日本大百科全書・精選版日本国語大辞典)。
(「東」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%B1より)
「東」(漢音トウ、呉音ツウ)は、
象形。中に芯棒を通し、両端をしばった袋の形を描いたもの。「木+日」の会意文字と見る旧説は誤り。囊(ノウ ふくろ)の上部と同じ。太陽が地平線を通して突き抜けて出る方角。「白虎通」五行篇に、「東方者動方也」とある、
とある(漢字源)。別に、
象形。両端を縛った袋の形を象る。もと「束」と同字で、「しばる」「たばねる」を意味する漢語{束 /*stok/}を表す字。のち仮借して「ひがし」を意味する漢語{東 /*toong/}に用いる、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%B1)、
象形。上下をくくったふくろの形にかたどる。借りて、日がのぼる方角の意に用いる(角川新字源)、
とも、
象形文字です。「袋(ふくろ)の両端を括(くく)った」象形から、袋を動かし万物を眠りから動かす太陽の方角「ひがし」を意味する「東」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji148.html)が、「束」の象形が、なぜ「東」とされたのかよくわからない。
「司」(漢音呉音シ、唐音ス)は、
会意。「人+口」。上部は、人の字の変型。下部の口は、穴のこと。小さい穴からのぞくことをあらわす。覗(シ のぞく)や伺(シ うかがう)・祠(シ 神意をのぞきうかがう→まつる)の原字。転じて、司祭の司(よく一事をみきわめる)の意となった、
とある(漢字源)。別に、
象形。天から降りて来た神に、口でことばを告げる形にかたどる。「祠(シ まつる)」の原字。まつることから転じて、「つかさどる」意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です。「まつりの旗」の象形と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)から、祭事をつかさどる、すなわち、「つかさどる(役目とする)」を意味する「司」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji620.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95