毎月に三度参詣し、通夜して仏前に夜もすがら横寝せず、称名念仏し給へば、竜灯をしげくみるといへり(奇異雑談集)、
にある、
竜灯は、
夜、海上に光が連なって見える現象(大辞泉)、
海中の燐火の、時として、燈火の如く連なり光りて現るるもの(大言海)
をいい、
竜神が神仏にささげる灯火といい伝え、各地の神社に伝説があるが、特に九州の有明海や八代海で、盆の前後や大晦日に見られるものが有名、
とあり、
蜃気楼現象で、漁火の光の異常屈折現象、
ともいわれ、
不知火(しらぬい)、
ともいい(日本国語大辞典)、
磐城(福島県浜通り)の閼伽井(アカヰ)の火、最も名あり(大言海)、
という、
怪火、
の意と共に、
神社に奉納する灯籠。
神社でともす灯火、
つまり、
神灯、
の意もある(広辞苑・仝上)。上述の「奇異雑談(ぞうたん)集」には、つづいて、
竜灯とは、橋立の切戸(きれと)二丁ばかりの中に、俄かに一段ふかき所あり。是を竜宮の門なりといひつたへたり。天気よく波風なき夜、切戸よりともし火出でて、文殊の御前にまゐる。無道心の人は、みる事まれなり。あるひはみて漁火なり、といふ人もあり。文殊堂の前、二十間ばかり南に、高き松あり。その上に竜灯住(とま)るなり。半時ばかりありて消ゆ。あるひははやくも消ゆるなり。もし松の上に童子ありて、ともし火をささぐる事あり、是をば天灯(てんどう)といふなり。昔は天灯しげかりしが、今は稀なりといへり、
と説いている(奇異雑談集)。ここの「文殊」とは、九世戸の文殊堂のことで、
五台山知恩寺、文殊堂周辺には海が入り込み、切戸の文殊とも称された。久世戸の呼称は、切戸・渡の意と、「くし(奇)び」の意が重なって成立したものらしい、
と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「松の灯火」は、
竜とか竜神などが火を献じ、松の木の頂にそれを点じたという由来をもつ松を、
竜灯松、
と呼ぶものと関りがありそうである。多くは、
松の木、
で、杉だと、
竜灯杉、
と呼ばれ、そういう名称を持つ木は各地に伝わる(日本伝奇伝説大辞典)。その一つに、
枝幹屈曲して、龍の臥せるが如く、實に数百歳の樹なり、この所より海上にうかぶ龍燈を拝するが故に名とす、龍燈は、正月元日より三日、又は六日、風静かに波穏かなるとき、大宮の沖手に現ず、
とある(厳島図会・龍燈杉)。
(「竜灯松」(西国三十三所名所図会) 日本伝奇伝説大辞典より)
「竜灯」は、
龍燈、
龍灯、
等々とも表記されるが、
竜が水と密接な関係を持ち、海の神そのものとして、水の管理を司る農業神の性格をもっている、
とされる点から考えると、「海上の火」とは、
海神の化身である竜の献じた火、
を意味していると解釈される(仝上)。柳田國男は、その由来を、
「竜燈と云ふ漢語はもと水辺の怪火を意味して居る。日本でならば筑紫の不知火、河内の姥が火等に該当する。時あつて高く喬木の梢の辺を行くなどは、怪火としては固より怪しむに足らぬが、常に一定の松杉の上に懸かると云ふに至つては、則ち日本化した竜燈である。察する所五山の学僧などが試に竜燈の字を捻し來つて此燈の名としたのが最初で、竜神が燈を献じたと云ふ今日の普通の口碑は、却つて其後に発生したものであらう。各地の山の名に燈籠塚山、又地名として燈籠木などと云ふのがあるが、竜燈松の昔の俗称は多分それであらふと思ふ」(竜燈松伝説)
とし、更に、竜燈松(杉)は、
神の降臨の際の目印とした柱松(柱の上に柴などをとりつけておき、下から小さいたいまつを投げて点火させる、盆の火焚き行事)に発展する、
と考え、これが、
トンド焼、
左義長、
の風習につながる、と見なした(日本伝奇伝説大辞典)。
(「竜燈」(竜斎閑人正澄画『狂歌百物語』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%87%88より)
しかし、南方熊楠は、龍灯伝説の起源を、
インド、
とし、
自然の発火現象を人心を帰依せしめんとした僧侶が神秘であると説き、それが海中から現れ空中に漂う怪火を龍神の灯火とする伝承があった中国に伝わって習合し、更に中国に渡った僧侶によって日本に伝来、同様の現象を説明するようになった、
とし、また左義長や柱松は、
火熱の力で凶災を避けるもの、
龍灯は、
火の光を宗教的に説明したもの、
で、
熱と光という火に期待する効用を異にした習俗、
であると説いた(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%87%88)とある。是非は判断がつかないが、中国同様に、龍神の灯火とみるわが国では、たやすく受け入れられたとみられる。
「龍」(漢音リョウ、呉音リュウ、慣用ロウ)は、「神龍忽ち釣者の網にかかる」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/485851423.html)で触れたように、
象形。もと、頭に冠をかぶり、胴をくねらせた大蛇の形を描いたもの。それにいろいろな模様を添えて、龍の字となった、
とある(漢字源)。別に、
象形。もとは、冠をかぶった蛇の姿で、「竜」が原字に近い。揚子江近辺の鰐を象ったものとも言われる。さまざまな模様・装飾を加えられ、「龍」となった。意符としての基本義は「うねる」。同系字は「瀧」、「壟」。古声母は pl- だった。pが残ったものは「龐」などになった、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%8D)。
「灯(燈)」(①漢音呉音トウ、②漢音テイ、呉音チョウ、唐音チン)は、
音によって意味が異なり、①は「燈」(=鐙)、「灯火」「法灯」というように、ともしび、あかり、ひ、それを喩えとした仏の教え、の意であり、②は「灯」、ひ、ともしび、ひと所にとめておくあかり、
の意とあり、①「燈」は、
会意兼形声。登は「両足+豆(たかつき)+両手」の会意文字で、両手でたかつきを高くあげるように、両足で高くのぼること。騰貴(のぼる、あがる)と同系のことば。燈は「火+音符登」で、高くもちあげる火、つまり高くかかげるともしびのこと、
とあり、②「灯」は、
会意兼形声。灯は「火+音符丁(=停、とめおく)で、元(ゲン)・明(ミン)以来、燈の字に代用される、
とある(漢字源)。同趣旨は、
(A)形声。火と、音符丁(テイ)とから成る。もと、燃えさかる火の意を表したが、俗に燈の意に用いる。教育用漢字はこれによる、
(B)形声。火と、音符登(トウ)とから成る。「ともしび」の意を表す、
ともある(漢字源)。「燈」を「灯」の旧字と見なして、
会意兼形成文字です(火+登)。「燃え立つ炎」の象形(「火」の意味)と「上向きの両足の象形と祭器の象形と両手の象形」(祭器を持って「上げる」、「登る」の意味)から、「上に登る火」を意味する「燈」という
漢字が成り立ちました、
とする説がある(https://okjiten.jp/kanji96.html)が、上述の説明からみて、「燈」→「灯」と略字化したと見るのは、明らかに誤っているのではないか。
参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95