2022年09月23日
タブロイド紙も顔負け
佐藤謙三校注『今昔物語集』を読む。
『今昔物語集』は、
平安時代末期の説話集、
であり、この「今昔」というタイトルは、それぞれの物語が、
「今昔」(「今は昔」)という書き出しで始まり、「トナム語リ傳へタルトヤ」(「と、なむ語り伝えたるとや」)という結びの句で終わる、
ことからくる、
便宜的な通称、
とされる、
日本最大の説話集、
である。
全31巻、
1040話、
巻1~5が天竺(インド)、
巻6~10が震旦(中国)、
巻11~31が本朝(巻11~21が本朝仏法)、
で(巻8・18・21は欠)、各部、
仏法、
世俗、
の2篇に分ける。本書は、
本朝部の仏法の部分を除いた、いわゆる世俗の物語部分、
のみを収録している(巻22~31)。なお、天竺、震旦部では、仏典や漢籍の翻訳翻案がほとんどで、本朝仏法編は、
『日本霊異記』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/490129996.html)、
に重なる部分が結構あり、
文章を改め、あるいは潤色を加えている、
とされるが、
中国の仏教説話集『三宝感応要略録』『冥報記(めいほうき)』『弘賛法華伝(ぐざんほっけでん)』『孝子伝』、
日本の『日本霊異記(りょういき)』『三宝絵詞(さんぼうえことば)』『日本往生極楽記』『本朝法華験記(ほっけげんき)』『俊頼髄脳(としよりずいのう)』『宇治大納言物語』、
といった、さまざまの系統を集大成する説話集になっている。全体は、
説話の内容によって整然と分類配列、
されている。
この編者を、
宇治大納言と呼ばれた源隆国、
または、
その子の、鳥羽僧正覚猷、
とする説もある(本書解説)が、
未だ定説はない、
とされる(仝上)。ただ、別に、現物は残っていない、
宇治大納言物語、
と称する説話集があり(『宇治拾遺物語』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484515144.html)では序文に記されている)、
その影響を受けている、
とされ(仝上)、共通する説話の数は、
『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』間で81、
とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%98%94%E7%89%A9%E8%AA%9E%E9%9B%86)。
ただ、今日の伝本のほとんどが、
江戸時代の書写、
で、それらはすべて、鎌倉時代中期を下らない鈴鹿(すずか)本を祖本とするから、中世にはほとんど流布しなかったらしく、中世文学に直接的な影響を与えた形跡がない(日本大百科全書)、とされる。
芥川龍之介は、この説話集を素材に、『羅生門』『芋粥』などを小説化したためか、
美しい生まなましさ、
今昔物語の芸術的生命であると言っても差し支えない、
とまで評価している(本書・解説)ようだが、その評価の是非とは別に、従来の価値観からの、
霊験譚、
因果応報譚、
に収まりきれない、従来目を向けられることのなかった、
山林修行民間布教の聖(ひじり)、
武士、
盗賊、
漁師、
庶民の女、
小女、
等々を取り上げているところが面白く、まるでタブロイド紙のように盛りだくさん。
大織冠(藤原鎌足)、始めて藤原の姓を賜りし語(ものがたり)、
から始まった「本朝」世俗部は、
平将門、謀叛を發して誅せられる語、
藤原純友、海賊なるによりて誅せられる語、
といった政治ネタから、
内裏の松原において、鬼、人の形となりて女を食ひし語、
狐、人につき、取られたる玉を乞ひ反して、恩を報ぜし語、
人妻、死にて後、本の形となりて舊夫に會ひし語、
寸白(すばこ)、信濃守に任じてとけうせし語、
といったもののけネタ、
金峯山の別當、毒茸を食ひて酔はざりし語、
左大臣の御讀經所の僧、茸に酔ひて死にし語、
安房守文室清忠、冠を落として笑はれし語、
左京大夫、異名を付けられし語、
池の尾の禪珍内供の鼻の語、
といったゴシップネタ、
湛慶阿闍梨、還俗して高向公輔となりし語、
常澄安永、不破の関に於いて京にある妻を夢見し語、
燈火の影に映りて死にし女の語、
といった因縁ネタ、
蛇、女陰を見て欲を發し、穴を出でて刀に當りて死にし語、
蛇、僧の晝寝せるまらを見て、呑みて淫を受けて死にし語、
といった下ネタ、
但馬國に於いて、鷲若子をつかみ取りし語、
土佐國の妹兄、知らざる島に行き住みし語、
夫の死にたる女人、後に他の夫に嫁がざりし語、
といったうわさ話ネタ等々と、そのバリエーションの多さ、豊かさには圧倒される。
ちょっと変わっている「由来譚」は、
信濃國のをばすて山の語、
で、
年老いたるをばを、嫁に強いられて、深き山に捨てに行ったものの、終夜(よもすがら)寝られず翌日迎えに行った、
話なのだが、
さて其の山をば、それよりなむ姨捨山(をばすてやま)と云ひける、
と、
をば→姨、
と、「姨捨山」の由来譚になっている。
なお、『日本霊異記』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/490129996.html)、『宇治拾遺物語』(http://ppnetwork.seesaa.net/article/484515144.html)については触れた。
参考文献;
佐藤謙三校注『今昔物語集』(角川文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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