2022年09月30日

らふたし


「ろふたく」http://ppnetwork.seesaa.net/article/491876714.html?1664392604で触れたように、

ろふたける(﨟長ける)、

という言葉がある。

ろうたけた女性、

というように、女性の上品さをいう言葉だが、似た言葉に、

臈(らふ)たし、

という言葉がある。しかし、これは、

ろうたく生垣から、二階を振仰ぐ(泉鏡花「婦系図」)、

と、

かわいらしい、
美しく気品がある、
臈たける、

意で使うが、

らうたしの「らう」を、「臈たける」の「ろう(臈)」と解してできた語か、

とある(精選版日本国語大辞典・大辞林)ように、誤解の産物らしい。

「らうたし」は、現代語では、

ろうたし、

と表記する。

労甚(いた)しの意(広辞苑)、
労(らう)痛(いた)しの約、弱いもの、劣ったものをいたわってやりたいと思う気持ち、類義語イトホシは、無力なものを見るのがつらく、目をそむけたいの意。ウツクシは、小さいもの、幼いものが好ましくて可愛い意(岩波古語辞典)、
労(らう)、甚(いた)しの義にて、いたはる意より移る(大言海)、
「労(ろう)いたし」の変化した語。シク活用の「うつくし」が、特に弱々しさという限定をつけず、愛情を感じる対象、美を感じる対象を賛美する心情表現の語であるのに対して、ク活用の「らうたし」は、いつくしみの感情を起こさせる、弱々しく痛々しい、または、いじらしいものの可憐な状態を表わす属性表現の語である(精選版日本国語大辞典)、

などとある。「労」(ラウ)は、漢語からきていると思われる。

「勞」 漢字.gif



「労」 漢字.gif

(「労」 https://kakijun.jp/page/0736200.htmlより)

漢字「労」(ラウ・ロウ)は、

会意。勞の上部は、火を周囲に激しく燃やすこと、勞は、それに力を加えた字で、火を燃やし尽すに、力を出し尽すこと。激しくエネルギーを消耗する仕事やその疲れの意、

とあり(漢字源)、

「勞」は、「熒」+「力」の会意文字、力を出しつくして燃え尽きた様https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8A%B4

会意。力と、熒(けい 𤇾は省略形。家が燃える意)とから成る。消火に力をつくすことから、ひいて「つかれる」、転じて「ねぎらう」意を表す(角川新字源)、

会意文字です(熒の省略形+力)。「たいまつを組み合わせたかがり火」の象形と「力強い腕」の象形から、かがり火が燃焼するように力を燃焼させて「疲れる」、また、その疲れを「ねぎらう」を意味する「労」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji719.html

などとある。で、

労苦而功高(史記)、

と、「労苦」というように、はげしい仕事の疲れの意、

有事、弟子服其労(糊有れば、弟子労に服す)(論語)、

と、「労働」「激しい仕事」の意、そこから、

報功臣之労(功臣の労に報ゆ)(曹囧)、

と、「つらい仕事をやり遂げた苦労」「功労」の意や、そこから、「慰労」の意で、

労之来之(これを労ひこれを来す)(孟子)、

と、「ねぎらう」、「なぐさめる」意でも使う。

和語で「労(ラウ・ロウ)」も、その意味の幅を出ておらず、

御労の程はいくばくならぬに、さみだれになりぬるうれへをし給ひて(源氏物語)、

と、

骨折り、苦労、

の意や、

愍(めぐみ)の労を加ふと雖も、寝食穏(やす)からず(将門記)、

と、

いたわり、

の意や、

宮仕への労もなくて、今年加階し給へる(源氏物語)、

と、

功績、実績、年功、

の意や、

大和琴にもかかるてありけりと聞き驚かる。深き御労のほどあらはに聞えて面白きに(仝上)、

と、

修練の功、永年の苦労のたまもの、

といった意味で使う。だから、「労」を、

功労の意、

とのみにしてしまう(大言海)のは問題があるかもしれない。

「いたし」は、「いたわる」http://ppnetwork.seesaa.net/article/451205228.html、「いたい」http://ppnetwork.seesaa.net/article/454441352.htmlで触れたが、「痛し」は、

神経に強い刺激を受けたときの感じで、生理的にも心理的にもいう、

とある(岩波古語辞典)。「甚し」は、

甚だしい、酷い、

意となる。

いたし(痛)、
いたし(痛切甚)、
いたし(傷)、

と項を分けた大言海は、「いたし(痛)」は、

至るの語根を活用せしむ(涼む、すずし。憎む、にくし)。切に肉身に感ずる意、

であり、「いたむ」と同様に、痛覚が出自である。それが、転じて、

事情の甚だしきなり。字彙補「痛、甚也、漢書、食貨志、市物痛騰躍」(痛快、痛飲)、

とある。「いたし(傷)」は、身体の痛覚が転じて、

切に心に悩むなり。爾雅、釋訓「傷、憂思也」、

とある。そう考えると、

痛む、

の「イタ」は、主体の痛覚から、心の傷みに転じ、それが他者へ転嫁されて、他者の傷みを傷む意へと、転じていったと見ることができる。

「労いたし」の転訛である「らうたし」は、以上の「ろう」と「いたし」の語意の幅から、どちらかというと、

いたわる、

意へとシフトし、

いたく面瘦せ給へる、つくろひ給へなど、いとらうたしと、さすがに見奉り給ふ(源氏物語)、

と、

かばい、いたわってやりたい、

意や、

御車添ひをばいみじうらうたくさせ給ひ、御かへり見ありしは(大鏡)、

と、

大事にしてやりたい、

意や、

これがいとらうたく舞ひつること語りになむ物しつる。みな人の泣きあはれがりつること(かげろう日記)、

と、

いじらしい、

意などと使うことになる(岩波古語辞典)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:23| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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