双頭の牡丹灯を肩にかかげて先に行けば、後に窈窕(ようじょう)たる美女一人従つて、西に行く(奇異雑談集)、
にある、
窈窕、
は、
美しくたおやかなさま、原字左訓「みやびめ」、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
「窈窕」は、ふつう、
ようちょう、
と訓ませる(広辞苑)。「窈窕」を、
ヨウジョウ、
と訓ませるのは、「窕」の呉音である。
「嬋娟」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/486699363.html)で触れたように、
白楽天の詩に、
嬋娟雨鬢秋蝉翼
宛轉雙我遠山色
笑随戯伴後園中
此時興君未相識(新楽府・井底引銀瓶)、
とある、
「嬋娟」と併記して、
嬋娟窈窕(嬋妍窈窕)、
と使う。「窈窕」の「窈」は、「奥深し」「静香」「うるわし」「しとやか」、「窕」は、「美しい」「器量が良い」「奥ゆかしい」「静か」「ふかい」といった意味(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AA%88%E7%AA%95)なので、
窈窕淑女、君子好逑(詩経)、
と、
美しく嫋(たお)やかなさま、
の意だが、これは、
云有第三郎、窈窕世無雙(古詩)、
と、
男子のしとやかなるさま、
にもいい(字源)、
入則亂髪壊形、出即窈窕作態(入りては則ち髮を亂し形を壞(やぶ)り、出でては則ち窈窕として態を爲す)(後漢書・列女傳)、
と、
艶めきたる貌、
に特定しても使う(仝上)が、
既窈窕以尋壑、亦崎嶇而経丘(陶淵明・帰去来辞)
と、
山水などの奥深いさま、
にもいう(仝上)。その漢語の意味のまま、
三千の美人君の命に依て戦ひを習はす戦場へ出たれども、窈窕(ようてう)たる婉嫋(えんじゃく)、羅綺(らき)にだもたへざる体(てい)なれば(太平記)、
と、
しとやかで奥ゆかしいさま、
美しくたおやかなさま、
上品なさま、
また、
そのような美女、
の意や、
詩のこころは、松桂の、しげりたる中に、ある寺なれば、窈窕と、をくふかふして、一点の塵埃をも、ひくことは、ないぞ(「三体詩素隠抄(1622)」)、
と、
山水などの奥深いさま、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
なお、
窈窕ぶ、
を、
時に彼の妻紅の襴染(すそぞめ)の裳を著て窈窕(サビ)(日本霊異記)、
と、
さふ、
と訓ませ、
しなやかで美しくふるまう、
奥ゆかしくふるまう、
意で使う例がある(精選版日本国語大辞典)が、
「古び、さびれる」の「さびる(寂)」から、(古びて)しっとりとした味わいを持つのように変化した語か、
とある(仝上)。で、そこから、
此ほとりなるさぶるこ(遊女)にたはれて(「こがねぐさ(1830頃)」)、
と、
さぶる児、
という使い方もあるらしい。
動詞「さぶ」は「霊異記」の「窈窕」について興福寺本訓釈に二字あわせて「佐備」とあるところから「しなやかで美しくふるまう」の意とされる、
とあり、
「さぶる」は、上二段動詞「さぶ」の連体形。しなやかな美女の意、
で、
うかれめ、
遊女、
さぶるおとめ、
の意とされる(仝上)。
南風(みなみ)吹き雪消溢(はふ)りて射水川(いみづかは)流る水沫(みなわ)の寄る辺(へ)なみ左夫流其児(さぶるそのこ)に(万葉集)、
には、
言佐夫流者遊行女婦之字也、
と注があり、その反歌の一首、
里人の見る目恥づかし左夫流児(さぶるこ)にさどはす君が宮出(みやで)後風(しりぶり)、
と、
遊女の名、
として用いられている(仝上)。どうも、
窈窕ぶ、
と、
さぶる児、
の「さぶ」とは、意味から見ても、得んがりそうにも見えるが、由来が違う気がしてならない。
(「幺」 金文・ https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B9%BAより)
「窈」(ヨウ)は、
会意兼形声。幺(ヨウ)は、細くしなやかな糸を描いた象形文字。幼はそれに力を加え、力のか細いことを示す。窈は「穴(あな)+音符幼」で、穴が奥深くて、かすかなこと、
とある(漢字源)。「ふかし」「おくぶかし」「しずか」「深く遠し」「うるはし」「ウルハシキ心」といった意味を持つ(字源)。
「窕」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、
形声。兆は、二つにわかれることで、この場合は、単なる音符。窕は「穴+音符兆」、
とあり(漢字源)、「うつくしく、よし」「おくゆかし」「しとやか」「しずか」「ほそし」「ものさびし」「遥かに遠き貌」(杳窕)といった意味がある(字源)。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:窈窕 嬋娟窈窕(嬋妍窈窕)