日本にかんざしといふは、天冠(てんがん)なり。楊貴妃の能に見えたり(奇異雑談集)、
とある、
天冠、
は、
てんかん、
とも訓ませ、
能の装具。女神、天女、宮女などに用いる金色で透彫りのある輪状の冠。簪があり、左右に瓔珞を垂れる、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「瓔珞」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/445068497.html)は、もともとは、
インドの貴族男女が珠玉や貴金属に糸を通してつくった装身具。頭・首・胸にかけるもの、
であったが、それが、
仏像の装飾、
ともなり、
仏像の天蓋、また建築物の破風などにつける垂飾、
へと、意味の適用が広がった。
(仏像の上の天蓋にある飾りが瓔珞 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%93%94%E7%8F%9Eより)
「天冠」は、確かに、
本来は仏像や皇族が被る宝冠、
を言ったが、今日では、例の、葬式のときに、近親者または死者が額に当てる、
死装束の白い三角の布、
を示す場合が多い(https://dic.pixiv.net/a/%E5%A4%A9%E5%86%A0・デジタル大辞泉)とある。類聚名義抄(11~12世紀)には、
天冠、テンクワン、
和名類聚抄(平安中期)には、
天冠、俗訛云天和、
とある。
(天冠 精選版日本国語大辞典より)
「天蓋」は、もともと、
幼帝が即位のときにつける礼冠(らいかん)、
をいい、
円頂で中央に飾りを立てる、
もので、この形が「三角の布」に似ている。それが、
宍色菩薩天冠銅弐枚(天平一九年「大安寺伽藍縁起并流記資財帳(747)」)、
と、
仏や天人などがつける宝冠。仏像がつけている冠、
をもいうようになる。また、
冠の一種、
として、
騎射または舞楽などに童が用いた金銅の飾りの額当(ひたいあて)の金物、
とも言うようになり、
角こそはへずと、せめて天冠(テングヮン)の下に瘤でもはやし(浮世草子「国姓爺明朝太平記(1717)」)、
と、広く、
高貴な人のつける冠、
もいうに至る。
能の装具、
というのは、能のかぶり物で、
金属製の輪状になった冠で、雲形や唐草模様の透かし彫りがある。中央には月や鳳凰などの立物をつけ、左右に瓔珞(ようらく)をたれ、女神、天女、官女などの役に用いる物、
を指す(精選版日本国語大辞典)。
(「羽衣のシテ(天人)」 天人は小面(こおもて)をつけ、長鬘、胴箔紅入鬘帯(かつらおび)をしめ天冠を戴く https://costume.iz2.or.jp/costume/580.htmlより)
この「天冠」は、舞楽の場合は、
金銅または銀銅で山形に作られ、唐草模様の透し彫があり、左右に剣形の飾りがあり、挿頭花(かざし)をさし、五彩の唐打の総角(あげまき)をつける。「迦陵頻(かりようびん)」「胡蝶」で童舞の舞人が用い、
能の天冠は、
金属製の輪状になった冠で、雲形または唐草模様の透し彫があり、中央に日輪・月輪・鳳凰(ほうおう)・白蓮・蝶・蔦紅葉などの立て物をつけ、左右に瓔珞(ようらく)を垂らす。
とあり(世界大百科事典)、
左方は金銅金具、右方は銀銅金具で、唐草の透し彫があり挿頭花をさし、童髪(どうはつ 70cmほどの黒長髪の鬘(かつら))をつける、
とある(仝上)。
「冠」(カン)は、
会意兼形声。「冖(かぶる)+寸(手)+音符元」で、頭の周りを丸く囲むかんむりのこと。まるいかんむりを手で被ることを示す、
とある(漢字源)。同趣旨だが、
会意形声。冖と、寸(手)と、元(グヱン→クワン 首(こうべ)の意)とから成り、かんむりを手で頭に着ける、また、「かんむり」の意を表す、
とも(角川新字源)、また、
会意兼形声文字です(冖+元+寸)。「おおい」の象形と「かんむりをつけた人」の象形と「右手の手首に親指をあて脈をはかる」象形から、「かんむりをつける」、「かんむり」を意味する「冠」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1616.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95