その身不肖なるゆへに、世に聞こえざるなり。弟子聖鎮、先師を反異するのみ(奇異雑談集)、
にある、
不肖、
は、
ここでは、めだたない、の意、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。因みに、「反異」は、
世評を否定し、真実を述べること、
とある(仝上)。
普通、今日、「不肖」は、
不肖、私にお命じ下さい、
と、
自分の謙称、
か、
「肖」は似る意。天に似ない、賢人に似ない、あるいは父に似ないの意、
で、
不肖の弟子、
とか、
不肖の子、
等々と、
師に似ず劣っていること、
また、
父に似ないで愚かなこと、
として用いているが、「不肖」は、漢語であり、
子曰、道之不行也、我知之矣、知者過之、愚者不及也、道之不明也、我知之矣。賢者過之、不肖者不及也(中庸)、
と、
人は天の生ずる所なり、故に天に似ざる義、人に如かざるをいふ、
とある(字源)。また、
堯知子丹朱之不肖不足授天下(史記・五帝紀)、
と、
一説、父に似ざる不才者、
の意ともあり、さらに、
自己の謙称、
としても用い、
不佞(ふねい)、
とも同義とある(仝上)。「不佞」は、
才能のないこと、
また、
そのさま、
の意と共に、
自分の謙称、
としても使い(広辞苑)、
不才、
ともいう。
「不肖」は、漢語の意味の範囲で、
肖は似る、
意で、「不肖」は、
人肖天地之貌(漢書・刑法誌)注、「庸妄之人謂之不肖、言其状䫉無所象似䫉、古貌字」、
と、
人の物に似ざること、
を意味し、さらに、上にも挙げたが、
堯知子丹朱之不肖不足授天下(史記・五帝紀)、
と、
父に似ざること、
不似、
の意、さらに、
今夫朝廷之所、不學、郷曲之所、不譽、非其人不肖也、其所以官之者、非其職也(淮南子)、
と(大言海)、
才智の劣れること、愚かであること、
また、
そのさまやその人、
の意で、
貝鞍置いて乗りたりけるが進み出で、身不肖に候へども、形のごとく系図なきにしも候はず(保元物語)
と、
諸事について、劣ること、至らないこと、未熟なこと、
等々にいう(仝上・精選版日本国語大辞典)。さらに、
身の不肖なるにつけても、又公方を憚る事なれば、竊に元服して、継父の苗字を取り、曽我十郎祐成とぞ名乗りける(曽我物語)、
と、
不運、
不幸せ、
の意でも使う。「不肖」の、
おろかもの、
の意の延長線上で、
来書乃有遇不遇之説、甚非所似安全不肖也(蘇軾・與陳傳道書)、
と、
己が身を、才鈍しと謙遜する自称の代名詞、
としても使う(大言海)。ほぼ、漢語の意味の範囲にあるが、「不肖」を、
めだたない、
と訳するのは、かなりの意訳ではないだろうか。むしろ、字義通りなら、
才智の劣れること、愚かであること、
の意でも十分意味は通じる気がする。
なお、「不肖」について、平安末期『色葉字類抄』は、
「不肖 フセウ ホエス」とは別に「不屑(モノノカスナラス) 同 フセウ」、
ともあり、室町時代の「文明本節用集」では、
「不肖」に「ニタリ」の訓と「屑同。肖ハ似也」、
の注記がある。しかし、
「屑」の字音は「セツ」であり、本来「肖」とは別字である。あるいは、「いさぎよしとせず」と訓ずる「不屑」との意味上の近似から混同したものか、
とある(精選版日本国語大辞典)。
(「不」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8Dより)
「不」(漢音フツ、フウ、呉音フ、ホチ、慣用ブ)は、
象形。不は菩(フウ・ホ つぼみ)などの原字で、ふっくらとふくれた花のがくを描いたもの。丕(ヒ ふくれて大きい)・胚(ハイ ふくれた胚芽)・杯(ハイ ふくれた形のさかずき)の字の音符となる。不の音を借りて口篇をつけて、否定詞の否(ヒ)がつくられたが、不もまたその音を利用して、拒否する否定詞に転用された。意向や判定を打ち消すのに用いる。また弗(フツ 払いのけ拒否する)とも通じる、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8D)。別に、
象形。花の萼(がく)の形にかたどる。「芣(フ 花の萼)」の原字。借りて、打消の助字に用いる、
とも(角川新字源)、
象形文字です。「花のめしべの子房」の象形から「花房(はなぶさ)」を意味する「不」という漢字が成り立ちました。(借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「否定詞」の意味も表すようになりました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji729.html)。
(「肖」 金文・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%96より)
「肖」(ショウ)は、
会意兼形声。小は、ちいさく削った破片を描いた象形文字。肖は「肉+音符小」で、素材の肉を削って原型に似た小形のものを作ることを示す。小さい小形のものの意を含む、
とあり(漢字源)、「肖像」と、かたどる、似る意、「不肖」と、子が親に似ず愚かなことの意、「申呂肖矣」と、小さい意で使う(仝上)。別に、
会意形声。「肉」+音符「小」。「小」は細かく分けること、素材を細かく分け新たに形作ること、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%96)、
会意兼形声文字です(小+月(肉))。「小さな点」の象形(「小さい」の意味)と「切った肉」の象形から、骨肉の中の幼い小さいものを意味し、そこから、「似る」、「小さい」、「素材を細かく分け新たに形を作る」を意味する「肖」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1923.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:不肖