八旬ばかりの老僧眉に八字の霜を垂れ、鳩の杖にすがり、水精(すいしょう)の数珠つまぐり、加賀守が家の戸を叩き給ふ(伽婢子)、
にある、
鳩の杖、
は、
八十歳以上の老人に高齢を祝して贈る杖。枝の握りに鳩の形がついている、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
(鳩の杖 精選版日本国語大辞典より)
ハトは食物をとるときにむせないということにあやかった、
ものという(広辞苑・大辞泉・岩波古語辞典他)。
80歳以上の功臣に宮中から下賜された、
ので、
宮中杖、
はとづえ、
鳩杖(きゅうじょう)
ともいう。中国由来のものである。
中秋之月、皆案戸比民、年齢七十者、授之以玉杖、餔之糜粥、八十、九十、禮有加賜、玉杖長尺、端以鳩鳥為飾、鳩者不噎(ムセ)之鳥也、欲老人不噎(後漢書・禮儀志)、
とあり、
老人は痰に咽びやすし、故にこれを以て呪すとむ云ふ、
とする(大言海)。
撞木杖の上の端に、鳩の形を作りて、つけたるもの、古来、宮廷より老人に慰労として賜りし杖、
である(仝上)。後漢末の『風俗通義(風俗通)』に、
俗説、高祖與項王戦、敗於京索、遁叢薄中、羽追求之、時鳩止鳴其上、追者以鳥在無人、遂得脱、及即位、異此鳥、故作鳩杖、以賜老者、
ともあるが、確かに俗説のようだ。
玉杖九尺。頭に鳩を飾る、
とあり(字通)、
京師に宴し、老を含元殿に侍す。九十以上に几杖を、八十以上に鳩杖を賜ふ。婦人にも亦た之(かく)の如くし、其の家に賜ふ、
ともある(唐書・玄宗紀)。これは、
鳩はむせない鳥とされ、老人がむせないようにとの意から鳩の飾りのあるはし(箸)を下賜された、
という故事による(世界大百科事典)らしい。
奈良時代には、日本では、
霊壽杖、
と呼ばれ、のちに、
80歳以上の功臣に宮中から下賜された、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E6%9D%96)。中国に倣ったのである。
(中国戦国時代の鳩杖 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E6%9D%96より)
『藤原俊成卿九十賀記』建仁3年11月23日条に、
置鳩杖、以銀作之、件杖竹形也、其上居鳩也、有一枝二葉、件葉書和歌、
とある。和歌は壽算を祝う意である(仝上)とある。
なお、「撞木杖」については、「かせぎ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/488581882.html)で触れた。
(「鳩」 説文解字・漢 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A9より)
「鳩」(漢音キュウ、呉音ク)は、
形声、「鳥+音符九」。ひと所にあつまって群れをなす鳥。ひきしめ集める意を含む、
とある(漢字源)が、
会意兼形声文字です(九+鳥)。「屈曲(折れ曲がって)して尽きる」象形(数の尽き極(きわ)まった「九(きゅう)」の意味だが、ここでは「はとの鳴き声(クウクウ)の擬声語」)と「鳥」の象形から「はと」を意味する「鳩」という漢字が成り立ちました、
とする説もある(https://okjiten.jp/kanji2800.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95