餞(はなむけ)


此の者を只返しては詮なし。餞(はなむけ)すべし(伽婢子)、

にある、

餞(はなむけ)、

は、

別れに際して贈る贈り物、

とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。

「はなむけ」は、

贐、

とも当て、

「馬の鼻向け」の意、

とあり(広辞苑・大言海・日本国語大辞典・大辞泉・大辞林・岩波古語辞典)、

旅立つ人の馬の鼻を行くべき方へ向けて見送った習慣による、

とある(広辞苑)。「鼻向け」は、

その方に鼻を向けること。匂いを嗅ぐために、その方向に鼻を向けること、

とあり(広辞苑・日本国語大辞典)、

鼻向けもならぬ、

は、「匂いを嗅ぐ」意から、

臭くてたまらないさま、

にいい、転じて、

見るにたえない、

意となり、

鼻持ちならぬ、

と同義で使われる(仝上)。

馬の鼻を立て直す、

と言い方もあり、

馬の鼻先をもと来た方へ向け変える、

意となる(日本国語大辞典)。

「馬のはなむけ」は、

旅に出る人を送る時馬の鼻を行き先に向けたことからという、

とあり(岩波古語辞典)、

八木のやすのりといふ人あり。この人、国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。これぞ、たたはしきやうにて、馬のはなむけしたる(土佐日記)
講師(かうじ)うまのはなむけしにいでませり(仝上)、

と、

旅立や門出を祝って金品や詩歌などを贈ったり、送別の宴を開いて見送ったりすること。また、その金品・詩歌・宴など、

の意で使う(日本国語大辞典・岩波古語辞典)。字鏡(平安後期頃)に、

餞、馬乃波奈牟介、

とあり、室町時代の意義分類体の辞書『下學集』には、

餞別、ハナムケ、

易林節用集(1597)には、

餞、ハナムケ、

となっている。本来、

旅立つ人を送り、其の馬の鼻へ向けて物を贈る、

ことから、転じて、

旅行く人に送る凡ての品物、又は、詩歌、

を指すようになっていく(大言海)流れが分かる。現代では、

はなむけの言葉、

というように、旅立ちや門出の「挨拶」を意味することが多い(語源由来辞典)ともある。

本来は、「馬のはなむけ」は、文字通り、

行くべき方向へ馬の鼻をむけてやる意(安斎随筆・俚言集覧)、
馬の鼻の向かう方の意(和句解)、

と、「馬の鼻を行き先へ向ける」意とする説と、

馬の鼻に向かって餞別する意(和句解・日本語源=賀茂百樹・大言海)、

と、「馬の鼻に餞別する」意とする説とに分かれるが、常識的には前者なのだろう。

「餞」  漢字.gif


「餞」(漢音セン、呉音ゼン)は、

会意兼形声。「食+音符戔(小さい)」で、こじんまりした酒食の宴のこと、

とあり(漢字源)、「餞」は、

旅立つ人を送って郊外までいき、そこで小さな宴会をし、酒食を共にして別れる、小規模なわかれの宴をもうけること、

とある(仝上)。

「贐」 漢字.gif


「贐」(漢音シン、呉音ジン)は、

会意兼形声。「貝+音符盡(シン 出し尽す)」、

とあり(仝上)、「旅立つ人に贈る品物、送別の気持を尽くす餞別」の意とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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