木を切り、塔婆を立て、血脈(けちみゃく)を収め、七日弔へば(片仮名本・因果物語)、
の、
血脈(けちみゃく)、
は、
在家の俗人に与える仏法の法門相承の系譜。これを受けると出家と同じ功徳があると言われる、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
「血脈」は、
ケツミャク、
とも訓み、漢語で、
血脈欲其通也、筋骨欲其固也(呂覧(呂氏春秋))、
と、
血液の通ふ脈管、
つまり、
血管、
の意である(字源)。それをメタファに、
訪査血脈所(梁書・劉杳傳)、
と、
血筋、
血統、
の意でも使う(仝上)。そのメタファで、仏語で、
法脈、
法統、
の意で、
仏法の奥義を師から弟子へへと代々承け伝える、
意としても使う(仝上・岩波古語辞典)。
父祖、子孫の血脈相続の如く、法脈を相続する意也、
という意味である(大言海)。で、
仏祖より授かりたる法門に、外道を混ぜず、正しく、師弟の間に、代々、相傳すること、
で、
師資相承、
法門伝承、
ともいう(仝上)。
自己の継承した法門の正統性と由緒正しさとを証明するものとして、とくに中国、日本で重要視された、
とある(日本大百科全書)。系譜は朱線で示されることが多く、宗派の教理を伝えた系譜を、
宗脈、
または、
法脈、
といい、戒を伝えた系譜を、
戒脈、
という(世界大百科事典)。教法の相承を、
血脈を白骨にとどめ、口伝を耳底に納む、
などと表現し、天台宗、真言宗では師弟の面授口訣を重んじ、その付法のあかしとして血脈系譜を授けた(仝上)という。この始まりは、
仏陀の滅後、特定の弟子に教法や戒律を伝えた、
ことかららしく、中国で宗派が成立すると、各派それぞれに列祖の相承を説くようになる。天台では、
金口、今師、九師の三種相承、
経典によらない禅は、
西天二十八祖と唐土の六祖を立て、相承の物証として、衣や鉢の伝授、
を主張し、別に真理の言葉としての伝法偈や、正法眼蔵の相承を説いて、
伝灯、
血脈、
または
逓代伝法、
とよぶ(仝上)。この意味の派生として、
僧都は、血脈を賜りて、法衣の袖に褱みつつ(源平盛衰記)、
と、
相承の次第を記した系図そのもの、
も意味するようになり(仝上)、師は法を授けた証(あかし)として弟子にその系図を与えた。日本では仏教以外に芸道や連歌、俳諧などでも同様の意で用いる(仝上)という。
その系図を入れるものを、
血脈袋、
という(岩波古語辞典)。また、その応用編のように、上記引用同様、
汝が十念血脈(ケチミャク)受たるもうじゃは、往生疑ひ有べからず(浄瑠璃・賀古教信七墓廻)、
と、
在家(ざいけ)の俗人に与える仏法の法門相承の系譜。これを受けると出家と同じ功徳があるといわれ、生きている間は身からはなさず、死後は遺骸とともに棺に納める、
意ともなる。
(「血」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%80より)
「血」(漢音ケツ、呉音ケチ)は、
象形。深い皿に、祭礼にささげる血のかたまりをいれたさまを描いたもので、ぬるぬるしてなめらかに全身を回る血、
とある(漢字源)、別に、
血は体中を勢いよくめぐるので「強く、活気のある」意味にも使われる、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%80)ある。
「脈」(漢音バク、呉音ミャク)は、
会意兼形声。𠂢(ハイ)は、水流の細くわかれて通じるさま。脈はそれを音符とし、肉を加えた字で、細く分かれて通じる血管、
とある(漢字源)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95