2022年12月20日

垢ねぶり


垢ねぶりといふ物は、ふるき風呂屋にすむばけ物のよし申せり(百物語評判)、

にある、

垢ねぶり、

は、

垢舐、

とも当て、

人の垢をねぶりて生く、

とあり(大言海)、室町後期の国語辞書『林逸節用集』に、

垢舐、アカ子(ね)ブリ、温室中之蟲也、

とある。で、

風呂場に生ずる蟲の名、

とある(大言海)。だからか、

いもり(井守)の異名、

ともされる(精選版日本国語大辞典)。上記引用の『百物語評判』(1677年)の「垢ねぶりの事」にも、

凡そ一切の物、其の生ずる所の物をくらふ事、たとへば魚の水より生じて水をはみ、虱のけがれより生じて、其のけがれをくらふがごとし。されば垢ねぶりも、其の塵垢(じんこう)の気の、つもれる床呂より、化生(けしょう)し出づる物なる故に、垢をねぶりて身命をつぐ、

と説明していて、冒頭の、

垢ねぶりといふ物は、ふるき風呂屋にすむばけ物のよし申せり、

とあるのに対する回答として、こう答えているので、必ずしも「化け物」「妖怪」という見方を肯定しているとばかりは言えない。その後、しかし、鳥山石燕の妖怪画集、

『画図百鬼夜行』(1776年)、

では、

垢嘗(あかなめ)、

として、

風呂桶や風呂にたまった垢を嘗め喰う、

妖怪とされ、

足に鉤爪を持つざんぎり頭の童子が、風呂場のそばで長い舌を出した姿、

で描かれているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A2%E5%98%97

垢嘗 (2).jpg

(垢嘗(画図百鬼夜行) 鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』より)

垢舐(アカネブリ).jpg

(垢舐(アカネブリ)と入浴中の老女(『日東本草図纂』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A2%E5%98%97より)

さらに、後年になると、玄紀の、

『日東本草図纂』(1780年)、

では、

垢舐(あかねぶり)、

は、完全に妖怪に化し(仝上)、

嬰児に似て目は丸く舌が長い、

と記している(仝上)。その流を受けて、歌川芳員の、

『百種怪談妖物雙六』(1858年)では、

不気味な青黒い肌の妖怪、

として描かれている(仝上)。

垢嘗 歌川芳員.jpg

(「底闇谷の垢嘗」(歌川芳員『百種怪談妖物雙六』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A2%E5%98%97より)

本来、

垢ねぶり、

と、

垢嘗、

は、別系統だったはずだが、

妖怪、

とされることで、混同され、現在では、

垢嘗、
も、
垢ねぶり、

と同一視され、

垢嘗は古びた風呂屋や荒れた屋敷に棲む妖怪であり、人が寝静まった夜に侵入して、風呂場や風呂桶などに付着した垢を長い舌で嘗める、

とされてる(仝上)。当時の人々は、

垢嘗が風呂場に来ないよう、普段から風呂場や風呂桶をきれいに洗い、垢をためないように心がけていた、

というhttp://logdiary6611.blog.fc2.com/blog-entry-93.html。「垢」には、

心の穢れや煩悩、余分なもの、

という意味もあることから、

風呂を清潔にすることをし忘れるほど、穢れを身に溜めこんではいけないという教訓も含まれている、

との説もあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A2%E5%98%97

なお、

垢舐(あかなめ)、

と当てると、

垢なめの歯にはさまつた灸のふた(柳多留)、

とある、

川瀬の底石に着く珪藻を鮎その他の淡水魚が餌として食べた跡、

の意、つまり、

喰跡(はみあと)、

の意になる(江戸語大辞典)。

参考文献;
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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