夜半の鐘に枕をならべては、偕老のふすまをうれしとよろこび、横雲の朝(あした)に鳥の鳴く時は、別離の袂をしぼりて、悲しとす(新御伽婢子)、
の、
偕老のふすま、
は、
夫婦共に老いるまで連れ添おうという、睦まじいかたらい、
と注記がある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)が、「ふすま」は、前に触れたように、
衾、
被、
と当てるかつての寝具で、
御ふすままゐりぬれど、げにかたはら淋しき夜な夜なへにけるかも(源氏物語)、
と、
布などで作り、寝るとき身体をおおう夜具、
で(広辞苑)、雅亮(満佐須計 まさすけ)装束抄(平安時代末期の有職故実書)には、
御衾は紅の打たるにて、くびなし、長さ八尺、又八幅か五幅の物也、
とあるように(一幅(ひとの)は鯨尺で一尺(約37.9センチ))、
八尺または八尺五寸四方の掛け布団、袖と襟がない、
とある(岩波古語辞典)が、
綿を入れるのが普通で、袖や襟をつけたものもある(日本語源大辞典)とある。そうなると、袖のついた着物状の寝具、
掻巻(かいまき)、
に近くなる。『観普賢経冊子(かんふげんきょうさっし)』(平安時代)の図を見ると、余計にそう見える。また、
御張台(みちょうだい)に敷く衾は、紅の打(うち)で襟のついていないもの、襟にあたるところに紅練糸(ねりいと)の左右撚(よ)り糸で三針差(みはりざし)といって縫い目の間隔を長短の順に置いた縫い方をする、
ともある(雅亮装束抄)。この起源を、日本書紀の天孫降臨の際に本文に、
高皇産霊尊が瓊瓊杵尊を「真床追衾」を以て覆い、天磐座を放ち天八重雲を排分けて降臨させたとあり、一書では高皇産霊尊が瓊瓊杵尊に「真床覆衾」を着せて、天八重雲を排分けて、天下し奉ったことに由来する、
という説がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%BE)。平安時代などには、結婚時に、夫婦となった二人にこれを掛ける、衾覆い(同衾)という儀式に使われることもあった(仝上)という。
その意味では、
偕老のふすま、
は、
偕老同衾、
と、ほぼ同義と見ていい。
(ふすま(『和漢三才図会』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%BEより)
「偕老」は、
老を偕(とも)にするの意、
で、
夫婦が老年になるまで、生活を共にすること、
また、
その仲がむつまじいこと、
をいうが、ほぼ同義の、
偕老同穴、
は、「同穴」が、
死んで穴を同じくして葬られること、
から、
生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる、
意に対して、「偕老のふすま」は、
生きては共に老い、
に意味の比重がある、という違いだろう。
偕老同穴は、詩経・邶風・撃鼓の、
死生契闊、與子成説、執子之手、與子偕老(子(し)の手を執りて子と偕(とも)に老いん)、
や、
詩経・王風・大車の、
穀(=生)則異室、死則洞穴(穀(い)きては則ち室を異にすとも、死しては則ち穴を同じうせん)、
等々を典拠とし(字源)、
生きては共に老い、死しては墓穴を同じくして葬られる、
意で、
偕老の契(ちぎ)り、
同穴の契り、
という言い方もする。
因みに、この「偕老同穴」にちなむ名を持つ、
カイロウドウケツ科の六放海綿類の一群、
がある。
単体で円筒状で、全長三〇〜八〇センチ。広い胃腔をもつ。上端の口は半球状に膨出した節状板で覆われ、ガラス質の骨格は格子状、下端は延びて長い根毛になり深海底に立つ。胃腔中にドウケツエビがすみ、多く雌雄一対が共にいることからこのエビに「偕老同穴」の名がつき、のち海綿の名となった、
とある(広辞苑)。
(カイロウドウケツ科の海綿動物の総称 広辞苑より)
(オーエンカイロウドウケツの胃腔に共生するドウケツエビの雄(上)と雌 大辞泉より)
しかし、「偕老洞穴」という言葉に、むしろ、
老妻の我を覩(み)る顔色(がんしょく)同じ(百憂集行)、
という一節を、ふと、思い出す。杜甫は嘆く、
即今倐忽已五十(即今倐忽(しゅくこつ)にして已(すで)に五十)
坐臥只多少行立(坐臥(ざが)のみ只だ多くして行立(こうりゅう)少(まれ)なり)
将笑語供主人(強(し)いて笑語(しょうご)を将(もっ)て主人に供し)
悲見生涯百憂集(悲しみ見る生涯に百憂(ひゃくゆウ)の集まるを)
入門依旧四壁空(門に入れば旧に依って四壁(しへき)空(むな)し)
老妻覩我顔色同(老妻の我を覩(み)る顔色(がんしょく)同じ)
痴児未知父子礼(痴児(ちじ)は未だ父子(ふし)の礼を知らず)
叫怒索飯啼門東(叫怒(きょうど)して飯(はん)を索(もと)め 門東に啼く)
と(http://itaka84.upper.jp/bookn/kansi/265.html)。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95