夢は五臓の煩い
夢は五臓の虚よりなすなれば、はかなく、跡(あと)なき事のみにて、誠すくなし(新御伽婢子)、
の、
夢は五臓の虚、
は、
夢は五臓の煩(わづら)ひ(譬喩尽)、
の謂いのようである(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。『譬喩尽(たとへづくし)』とは、松葉軒東井編の、
江戸後期の諺語辞典、
で、
天明六年(一七八六)序。寛政一一年(一七九九)頃まで増補、
とあり、
ことわざを中心に、詩歌・童謡・流行語・方言などの類に至るまで広く集めたもの、
とある(精選版日本国語大辞典)。
夢は五臓の疲れ、
ともいうが、
夢を見るのは、五臓の疲れが原因であることにたとえる、
とある(故事ことわざの辞典)。五臓とは、
肝臓・心臓・脾臓(ひぞう)・肺臓・腎臓(じんぞう)、
の五つをいう(仝上)。このことわざは、
悪い夢を見た人へのなぐさめとして用いることが多いようです、
とある(https://kotowaza.avaloky.com/pv_nig02_02.html)。
「ゆめ」については触れたことがあるが、
イメ(寝目)の転(広辞苑・岩波古語辞典)、
寝目(イメ)、又は寝見(イミ)の転(大言海)、
イメ(寝用)の転(卯花園漫録)、
イミネの略転か(日本釈名)、
ユはユウベ(夕)、ミはミル(見る)の意(和句解・日本釈名)、
ヨルミエの反(名語記)、
ユはユルム、しまりのない事を目で見る意から(日本声母伝)、
などとあり、
イは寝、メは目。眠っていて見るものの意(岩波古語辞典)、
寝見(イミエ)の約、沖縄にてはいまもイメ、イミと云ふ(大言海)、
と解釈できる。「い」は、
寝、
睡眠、
などと当て(大言海・岩波古語辞典)、
目を閉じて寝入ること、
寝るの、臥すことを、広く云ふと、稍異なり、寝寐(イス)ると重ねても云ふ、
とあり(大言海)、
人間の生理的な睡眠、類季語寝(ネ)はからだを横たえること、ネブリ(眠)は時・所・形かまわずする居眠り、
とある(岩波古語辞典)、「い(寝)」は、「臥す」とは違うということである。「い(寝)」は、
朝寝(アサイ)、
熟寝(ウマイ)、
安寝(ヤスイ)、
と熟語としての他、
玉手(たまで)差し枕(ま)き股長(ももなが)に寝(い)は寝(な)さむをあやにな恋ひ聞こし(古事記)、
と、
寝(イ)を寝(ネ)、
寝(イ)も寝ず、
といった句としても使う(仝上)とある。「な(寝)」は、「ぬ(寝)」と同じで、「ぬ(寝)」は、
なす(寝)のナと同根、
とあり(仝上)、
今造る久邇(くに)の都に秋の夜の長きに独り宿(ぬる)が苦しさ(万葉集)
と、
横になる、
意である(仝上 下二段活用 ね・ね・ぬ・ぬる・ぬれ・ねよ)。
「なす(寝)」は、
動詞「ぬ(寝)」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いて音の変化したもの、
で(精選版日本国語大辞典)、
門に立ち夕占(ゆふけ)問ひつつ吾(あ)をまつとな(寝)すらむ妹(いも)を逢ひて早見む(万葉集)、
と、
「ぬ(寝)」の尊敬語、
で、
おやすみなさる、
の意とある(仝上)。因みに、
寝ぬ(いぬ)、
という言い方もあり、
名詞「い(寝)」と動詞「ぬ(寝)」との複合語、
で、
夕されば小倉の山に鳴く鹿はこよひは鳴かず寐宿(いね)にけらしも(万葉集)、
と、
寝る、
眠る、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
「夢」(漢音ボウ、呉音ム)は、
会意文字。上部は、蔑(ベツ 細目 大きな目の上に、逆さまつげがはえたさまに戈を添えて、傷つけてただれた眼で、よく見えないこと、転じて、目にも留めないこと)の字の上部と同じで、羊の赤くただれた目。よく見えないことを表わす。夢はそれと冖(おおい)および夕(つき)を合わせた字で、よるの闇におおわれて物が見えないこと、
とある(漢字源)。別に、
象形。角(つの)のある人が寝台に寝ている形にかたどり、悪夢の意を表す、
とも(角川新字源)、
会意兼形声文字です(瞢の省略形+夕)。「並び生えた草の象形と人の目の象形」(「目がはっきりしない」の意味)と「月」の象形(「夜」の意味)から、「ゆめ」、「暗い」を意味する「夢」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji172.html)。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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