高水裕一『時間は逆戻りするのか―宇宙から量子まで、可能性のすべて』を読む。
本書では、
時間を逆に進む世界はあるのか、
そもそも時間とは何か、
について考えをめぐらせていくのが目的(はじめに)とある。そして、
時間が過去から未来に進むのはあたりまえ、
とする常識をうたがっとほしい、とある(仝上)。しかし、そのために、現代の宇宙物理学を総覧し、復習させられることになる。
で、まずは、
時間、
そのものを、
方向、
次元数、
大きさ、
の三点から把握するところから始める。つまり、不可逆とされる、
時間の矢、
そして、空間が三次元なのに、時間が、
一次元、
であること、そして、時間も、空間と同様、進み方が速くなったり、遅くなったりする、つまり、時間も、空間同様、
絶対的なものではなく、相対的なものである、
ことである。そして、時間の不可逆性を示すのが、
エントロピー増大の法則、
である。これを前提にして、果たして時間は可逆的でありうるのかを検証していくのが、本書の旅である。
お定まりの、
相対性理論、
熱力学、
量子力学、
と辿り、
電磁気力、
強い力、
弱い力、
重力、
の四つの力を検討し、悲願の、四つの力を統合する、
Theory of Everything(大統一理論)、
を展望する(著者は「量子重力理論」と呼んでいる)。そのためのアイデアとなる仮説が、現時点では、
超弦理論(超 ひも 理論)、
と、
ループ量子重力理論、
となる。前者は、
9次元の空間と1次元の時間という、きわめて高次元の時空、
に対して、後者は、
空間も時間も飛び飛びの編み目のように離散的な構造で、「ノード」と呼ばれる点と、それらを格子状 に結ぶ「エッジ」と呼ばれる線からなるネットワークの時空、
とし、超弦理論では、
「9+1=10次元という高次元の時空を想定しますが、それは既存の4次元時空に、人工的にコンパクト化した6次元空間をくっつけたもの」
であり、その意味では、一般相対性理論からみちびかれた時空の概念を大きく変更するものではないのに対して、ループ量子重力理論は、
「時空の量子化をめざして、一般相対性理論とも量子力学とも異なる『飛び飛びの時空』という新たな時空モデルを構築」
しており、著者は、
「現状では、高次元の時空を考えることに、数学的な枠組みをつくれるという以上のメリットはないように思われます。率直にいえば私も、超弦理論は時空の本質を真剣に考えているとは思えず、ループ量子重力理論のほうに、相対性理論や量子力学にも通じる過激なまでの革新性を感じるのです。」
と、後者に肩入れしている。それは、ループ量子重力理論は、
重力が伝わる「場」、すなわち「重力場」の量子化、
で、
時間 にも素粒子サイズの「大きさ」があることを示しただけではなく、ついには時間の存在そのものを消す、
ことを示したところにあり、こうまとめる、
「時間とは、あらかじめ決められた特別な何かではない。時間は方向づけられてなどいないし、『現在』もなければ、『過去』も『未来』もない。だとするなら、いったい時間の何が残るのか。あるのはただ、観測されたときに決まる事象どうしの関係だけだ。ごく局所的な、Aという事象とBという事象の間の関係を述べているだけだ。これまでは量子力学の方程式も、時間の発展を前提としていたが、もはや時間は表舞台からきれいに姿を消してしまった。時間とは、関係性のネットワークのことである。」
他方、超弦理論では、
両端に何もない、ひも状の「開いた弦」、
と、
両端がくっついて輪になっている「閉じ た弦」、
の2種類のうち、「開いた弦」は、その端っこを「膜」のようなものにくっつけていることが計算上発見され、それを、
プレーン、
と呼び、
「私たちは9+1次元の時空に浮かぶ、平たい3+1次元のブレーンの上に拘束され、……この時空のほかの場所で起こる高次元の現象はすべて、いわば影絵のように、平たいブレーンの上に投影された3+1次元の現象として認識」
されるという世界像を描いた。そして、時間の矢の始まりとされる、
ビッグバン、
とは、
二枚のプレーンの衝突、
という、
サイクリック宇宙論、
へと発展していく。それは、
宇宙にはそもそも時間的な起点などはなく、収縮→衝突(ビッグバン)→ 膨張→収縮→…… というサイクルを、何度も繰り返している、
というものである。これは、マクロスケールで見た「時間の逆戻り」にひとつの回答を与えている、と著者は見ている。いまひとつは、
ミクロの量子世界、
での時間の逆戻りである。不確定性原理から見て、
「素粒子を個々に見れば時間が逆戻りしているものもあるけれども、多くの素粒子が集まりマクロの系になると、個々の逆戻りの効果は統計的に無視されてしまって、結果として時間は一方向にしか現れない」
ことになる。その意味で、今後ミクロの世界から、時間は見直されていく、と著者は見ている。
実は、時間について考える時、残されているのは、
人間原理、
と言われるものだ。量子力学では、
揺らいでいる素粒子は、観測者が見ることではじめて状態が一つに定まる、つまり固定化される、
とされる。では、この固定化を、誰が見たのか。この面でも、
サイクリック宇宙論、
は、
「歴史が何度も繰り返される宇宙では、現在の宇宙における過去と未来は、前回までのサイクルですでに関係づけられている」
と見なせ、
人間の生まれる前から人間にちょうどよいように宇宙がお膳立てされているのも、必然性があるように見える」
と、最適なモデルになっているとする。ただ、
宇宙の最初の観察者は誰か、
という疑問はまだ残るが、と。
結局、宇宙論を総覧し、
「白黒をつけるより、時間の思考を楽しみながら宇宙の不思議さに思いを馳せる」
ことで終わったことになるが。
なお、ケイティ・マック(吉田三知世訳)『宇宙の終わりに何が起こるのか』)、高水裕一『宇宙人と出会う前に読む本―全宇宙で共通の教養を身につけよう』、ルイーザ・ギルダー『宇宙は「もつれ」でできている-「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』)、吉田伸夫『宇宙に「終わり」はあるのか-最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』、吉田たかよし『世界は「ゆらぎ」でできている―宇宙、素粒子、人体の本質』、
鈴木洋一郎『暗黒物質とは何か』、ブライアン・グリーン『隠れていた宇宙』、岸根卓郎『量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」』、青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』、佐藤勝彦『宇宙は無数にあるのか』、
大栗博司『重力とは何か』、等々については触れたことがある。
参考文献;
高水裕一『時間は逆戻りするのか―宇宙から量子まで、可能性のすべて』(ブルーバックスKindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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