邪見
つねづね、女房に邪見にあたりて、食物も喰はせず(諸国百物語)、
の、
邪見、
は、
邪慳、
とも当て、
冷酷無慈悲、残忍なこと、
とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。
邪険、
とも当てる(精選版日本国語大辞典)が、由来的には、仏語、
五見・十惑の一つ、
の、
因果の道理を無視する妄見、
をいい、
愍念邪見衆生、令住正見(法華経)、
と、
正見に対して、正理に違背する、一切の妄見を云ひ、特に、因果の理法を無視する妄見、
をいい(大言海)、正しくは、
邪見、
のようである。「五見(ごけん)」とは、
仏教で批判される五つの誤った見解(pañca dṛṣṭayaḥ)、
をいい、
①有身見(サンスクリット語satkāya-dṛṣṭi 実体的な自己が存在するという見解(我見)と一切の事物がその自己に属しているという見解(我所見)とを合わせたもの)、
②辺執見(サンスクリット語antagrāha-dṛṣṭi ①の後に起こるもので、我は死後も常住である(常見)、あるいは断絶する(断見)というどちらか一方の極端に偏った見解)、
③邪見(サンスクリット語mithyā-dṛṣṭi 因果のことわりを否定する見解)、
④見取見(サンスクリット語dṛṣṭi-parāmarśa-dṛṣṭi 自らの見解だけを最高とし、①②③をはじめとする誤った見解を真実であるとする見解)、
⑤戒禁取見(かいごんじゅけん サンスクリット語śīla-vrata- parāmarśa-dṛṣṭi 誤った戒律や誓いを守ることで涅槃に導かれるとする見解)、
とされ(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E4%BA%94%E8%A6%8B・デジタル大辞泉)、特に、特に因果の道理を否定する見解はいちばん悪質なので、それを、
邪見、
という(ブリタニカ国際大百科事典)とある。
「十惑(じゅうわく)」は、根本煩悩である、
貪(とん)・瞋(し)・痴・慢・疑・見、
の六煩悩のうち、見を、
有身見・辺執見・邪見・見取見・戒禁取見、
の五見に分けて十と数えた、
十の煩悩、
をいう(精選版日本国語大辞典・仝上)。
「邪見」自体は、
貪著邪見(阿毗(毘)曇論)、
と、漢語で、
よこしまな考え、
の意があり、
天年(ひととなり)邪見にして三宝を不信(うけず)、
と、
よこしまであること、
不正な心、また、そのさま、
の意で使うが、転じて、
まことに人の心にひとを゜あはれむ心もなく、慳邪見ならば人にはあられず(春鑑鈔)、
世間の法には慈悲なき者を邪見の者という(日蓮遺文「顕謗法鈔」)、
などと、
思いやりがなくて無慈悲なこと、
意地悪でむごいこと、
の意で使う(日本国語大辞典)。現在では多く、
邪慳、
の字を用いる(仝上)。
「邪見」を用いた言い回しに、
邪見で物事にかど立てることを角にたとえた、
邪見の角、
や、
邪見が鋭く人を害することを刃にたとえた、
邪見の刃、
があるが、江戸時代の文化の頃、
無慈悲だ、
の意味で、
じやけんだのふの流言(はやりことば)は大町にもはかず(文化五年(1808)「やまあらし」)、
と、
邪見だ喃(じゃけんだのう)、
という言葉が吉原伏見町近辺の流行語であった(江戸語大辞典)とある。
「邪」(漢音シャ、呉音ジャ)は、
会意兼形声。牙は、食い違った組み木のかみあったさまを描いた象形文字。邪は「邑(むら)+音符牙」。もと琅邪という地名をあらわした字だが、牙の原義である食い違いの意をもあらわす、
とある(漢字源)が、地名から、借りて「よこしま」の意に用いる(角川新字源)とある。別に、
形声文字です(牙+阝(邑))。「きばの上下がまじわる」象形(「きば」の意味)と「特定の場所を示す文字と座りくつろぐ人の象形」(人が群がりくつろぎ住む「村」の意味)から、地名の「琅邪(ろうや)」の意味を表したが、借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「よこしま」を意味する「邪」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji1484.html)のが分かりやすい。
なお、「慳」は、「慳貪」で触れた。「見」は、「目見(まみ)」で触れた。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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