むかし、山城国にひとりの自度僧がいた。名前はわからない(霊異記)、
石川の沙弥(さみ)は自度僧で本姓もあきらかではない(仝上)、
の、
自度僧、
は、
公の許可を受けないで、勝手に僧形となった人のこと、当時は僧尼は官の感得を受けている、
とあり(景戒(原田敏明・高橋貢訳)『日本霊異記』)、
私度僧、
ともいう(仝上)とある。
剃髪・出家して仏道を修行し(入道)、僧尼となることを、
得度(とくど)、
というが、律令時代には国家による一定の手続を要する許可制がとられていた。官の許可をえて得度したものを、
官度僧、
というのに対して、官の許可をえず私的に得度したものを、
私度僧、
といった。
私に入道し及び之を度する者は、杖(じよう)一百(戸婚律(ここんりつ))、
と私度を厳罰し(唐の戸婚律の規定をそのまま継受したもの)、また、
私度にかかわった師主(ししゅ 学問修行で、よりどころとなる師)、三綱(さんごう 仏教寺院において寺院を管理・運営し、僧尼を統括する上座(じょうざ)・寺主(じしゅ)・都維那(ついな・維那とも)の3つ僧職の総称)らを還俗(げんぞく 僧尼身分の剝奪)に処する、
ことを規定している。僧尼令(そうにりよう)には、
僧尼となれば課役免除の特典、
があり、課役をのがれるため、勝手に得度することを防止していた(世界大百科事典・日本大百科全書)。ただ、
私度僧、
と、
自度僧、
については、上記引用の『日本霊異記』に登場する、
自度の沙弥(しやみ)、
という場合の、
自度、
は、師主に就かないでみずから剃髪・出家したものを指し、
私度僧、
とは少し概念を異にする(仝上)ともある。なお、「沙弥」については、「沙喝」で触れたが、「僧尼令」のいうのは、
僧・尼の注釈に沙弥・沙弥尼を加えており、僧尼と同じ扱いをうけている、
とある。ただ、実際は僧の下に従属し、律師以上の僧官には従僧以下、沙弥と童子が配されていた(仝上)。
具足戒を受けず、沙弥のままいた人々も多く、また正式のルートによらないで出家した僧(私度僧)は私度の沙弥とか在家沙弥と呼ばれた(仝上)。私度の沙弥は、
8世紀以降とくに輩出し、ある者は正規の手続をへて官寺の僧となり、ある者は官寺や僧綱制の外縁にあって、古代の民間仏教を支える基礎となった、
とある(仝上)。
(行基菩薩坐像(唐招提寺) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%8C%E5%9F%BAより)
近年の研究によれば、
私度が実際に取り締まられた実例はなく、杖一百に処された者は1名も確認できない、
とある(仝上)が、
知識結とも呼ばれる新しい形の僧俗混合の宗教集団を形成して、近畿地方を中心に貧民救済や治水・架橋などの社会事業に活動したこと、
が、養老元年(717)4月23日、詔をもって、
小僧の行基と弟子たちが、道路に乱れ出てみだりに罪福を説いて、家々を説教して回り、偽りの聖の道と称して人民を妖惑している、
として、僧尼令違反で糾弾されて弾圧を受けた例がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%8C%E5%9F%BA)。しかし、行基とその集団の活動が大きくなっていき、
指導により墾田開発や社会事業が進展したこと、
豪族や民衆らを中心とした宗教団体の拡大を抑えきれなかったこと、
行基らの活動を朝廷が恐れていた「反政府」的な意図を有したものではないこと、
などから、朝廷は天平三年(731)に弾圧を緩め、翌年には河内国の狭山池の築造に行基の技術力や農民動員の力量を利用した(仝上)とある。
この例以外、政府に禁圧されなかった私度、褒章を受けた私度、私度として公文書に署名した者が確認でき、追加法を見ても、私度は実際には容認されていたと考えられる(日本大百科全書)との見方もある。
空海、
景戒(きょうかい 日本霊異記の編者)、
円澄(えんちょう)、
も、最初私度として活動し、のち官度に転じた(日本大百科全書)。確かに、養老年間(717~24)頃には僧俗の秩序を乱す行為として、僧尼令などによる弾圧の対象であったとされるが、
僧尼令違反を理由に処分されたのは行基、
のみで、天平三年(731)に、
行基の率いる私度僧集団からの得度、
が条件付きで認められる(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E7%A7%81%E5%BA%A6%E5%83%A7)など、次第にその存在が容認されるに至ったという経緯のようだ。
なお、『日本霊異記』については触れた。
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95